クラブでの調査 2
肉料理が運ばれてきたとき、ギボンズが一緒にメモを渡してくれた。
「ご依頼のものです」
「ありがとう、助かった」
礼を言って受け取り、さっそく中を確認する。予想通り、そこに記されていた数名の名前は、どれもリドリーが兄の近侍から聞き出してきた名前と重複するものばかりだった。
兄の交友関係はよほど限られていたらしい。調べる上ではありがたいものの、つくづく社交嫌いだったのだなと苦笑が漏れる。
「どうした?」
それを見とがめてハーディスが尋ねた。手にしたメモを渡す。
「いや、目新しい名前がないから、兄はよっぽど社交嫌いだったのだと思っておかしくなっただけだ」
「……確かに、リドリーのメモと同じ名前ばかりだな。それだけこの男たちと親しく付き合っていたということなのだろう。狭く深く、といった性格だったのだろうな、きっと」
「そうなのかもしれないな」
「友人関係と女性関係はだいたい関連している。ランドールも、もし誰かを愛したとしたら、たったひとりを深く愛したことだろう」
「……そんなものか?」
そんな観点から人の交わりをとらえたことはなかった。ハーディスの意見を肯定したり否定したりするほどの材料は今のティリアンにはない。なので同意も反論もせず、ティリアンは黙って兄のことに思いを馳せた。
(もし兄がそんなふうに深く誰かを愛したとしたら、あの紫水晶の指輪もその相手に渡したのかもしれないな)
どんな女性かは推測の域を出ないが、なんとなく、社交界で出会えるような普通の貴族の令嬢ではないような気がした。もしそうだったら、きっと普通に交際して普通に婚約するはずだ。大切にしてはいても金銭的な価値はない紫水晶の指輪などでなく、リールズ公爵家に伝わる宝石をいくらでも贈れただろう。
そもそも兄は夜会にも舞踏会にもほとんど足を運んでいなかったようだから、令嬢と会う機会も少ない。となると、いったいどういう相手だったのか。
そこまで考えかけたところで、あまりにも仮定に基づく推測を重ねすぎていると気がついて、頭を切り替える。
「せっかくクラブにいるのだから、ラングドン以外の男のことも聞いてみよう。ギボンズを呼ぼうか」
「そうだな。食事も終わったし、場所を変えよう」
ティリアンの提案にハーディスが同意し、ふたりは立ち上がった。従僕がすっと近寄ってくる。
「狭くてもいいから個室を使いたい。あと、ギボンズをそこに呼んでくれるか」
ハーディスの指示に従僕はうなずいて「こちらへどうぞ」と2階へと案内してくれた。
2階に来るのは初めてのティリアンは興味深くまわりを見回す。いくつもの部屋が並び、中には少し扉が開いていて室内の様子が見える部屋もあった。そこでは数人の紳士たちがカードに興じている。
「思ったより広いのだな」
「ああ。ここで非公式の会合が行われることも多い。もちろんただ友人と歓談することもな。下には撞球室もあるぞ」
「そうか」
軍にいたとき、親しい上官に付き合わされてよく撞球をしたものだったとふと思い出す。その上官は今も戦地にいる。今でも、ときには別の部下と撞球を楽しんでいるのだろうか。
「こちらをお使いください。何か飲まれますか?」
「ああ……ブランデーを頼む」
「かしこまりました。ギボンズを呼んでまいります」
従僕が下がり、ティリアンはハーディスのあとに続いて部屋に入った。こじんまりとした居心地のよさそうな部屋だ。革張りの椅子がいくつか置かれ、くつろいで話せるようになっている。
適当に腰を下ろして待つうちに、ほどなくブランデーの壜とグラス、そして小皿を盆にのせたギボンズが現れた。
「お待たせいたしました。それから、私をお呼びになったとうかがいましたが」
「ああ。そなたに話を聞きたいのだが、少し時間を取れるか?」
「はい、何なりと」
ローテーブルに持ってきたものを置きながらギボンズがうなずく。ティリアンはさっそく質問を始めた。
「兄がここに来たときはどんなふうに過ごしていたのかを覚えているか?」
「ほかのお客様と同じでございます。ご友人とご歓談なさっておられたかと。……ただ、カードをなさったり、撞球室に行かれたりはなさっていなかったような気がいたしますね、そう言えば」
「そうか。ほかには?」
「そうでございますね……」
思い出すように言葉を切ったギボンズが、少し経ってから「たいてい、こうして個室をお使いだったような気がいたします」と口にした。
「それは、下の広い談話室にはいなかったということか?」
「はい。聞かれて初めて思い当たりましたが……下に座っておられるところを見た記憶がほとんどございません。いつもこうして、ご友人がたと個室にいらっしゃったような気がいたします。なにぶん、よく来られる方ではなかったので、はっきりとは申せませんが」
「では、ここに名前のある彼らはどうだ? みんな、今でもよく来ているか?」
「そうでございますね……ウェザビー子爵は、よくお見えです。ご友人で来られることも、ご兄弟で来られることもありますね」
ウェザビー子爵というのはラングドンの儀礼称号だ。顧客の肩書を完璧に記憶していることにあらためて感心してしまう。
「後はどうだろうか」
「ウェザビー子爵ほどではないですが、ハロルド・ケンジット卿とバリー・ギブソン卿はときおりいらっしゃいますね。ラッセル・ハンフリーズ卿は、たまにお顔を拝見するといった感じでしょうか」
「なるほど。……ありがとう、参考になった」
ティリアンが礼を言うと、ギボンズは「お役に立てたのなら嬉しい限りです」と微笑んだ。
「ウェザビー子爵はたいていこの曜日ならお見えになりますので、お会いできるかと存じますよ。いらっしゃったらお知らせいたしましょう」
「助かる。もし、ここに名前のある者が来たら、それも教えてくれないか」
「かしこまりました。ウェザビー子爵ほど確実にお会いできるとは申せませんが、心に留めておきましょう」
「世話をかけるが、よろしく頼む」
財布を取り出してチップ代わりに銀貨を渡すと、ギボンズは恐縮したように何度も礼を述べ、丁寧に一礼をして去っていった。
貴族の敬称についてのお話その2です。
本来、イギリスでは、長男か次男以下か、公爵・侯爵の子供かそうでないかなどによって、貴族なのかそうでないのかが変わってきます(複雑なのでここでは説明を省きますが)。それによって敬称も「ロード」「レディ」がついたり「ミスター」「ミス」でしかなかったりと露骨に区別されています。
この作品では、そういう煩雑さを避けるため、原則的には「父親が爵位もちなら子供も貴族」というざっくりした身分制度としており、男性なら「~卿」、女性なら「レディ・~」の敬称がつく、という設定にしています。




