ハーディスとの面会 2
ハーディスは葉巻をしばらくくゆらせてからまた口を開いた。
「さきほどルーシェが例に挙げた中で、比較的金のかからないものがあるな」
「……ああ」
「帳簿をごまかすほどの金は要らない。ランドール個人が自由に使える金の中で何とでもなっただろう。よほど入れ込んで相手に豪邸やら豪華な宝飾品やらを買い与えないかぎりは」
娼館。金の使い方から考えれば、もっともありえる選択肢はそれだった。
「だが、娼館へ行くのにわざわざマドロン地区まで行くものだろうか。中央街区にいくらでもあるだろう。高級娼婦ばかりを集めた社交場のような所だってある。おまえもそういう場所はよく知っているのではないか?」
「そういう場所では満足できない者だっているさ。だからルーシェも言っていたのだろう、特殊な嗜好を持つ男たちのための娼館、と。まあ、あの子本人がその意味を分かっているかはあやしいものだが」
ハーディスの言葉にティリアンは黙り込んだ。その可能性が最も高いと思う一方で、まさか兄が、という気持ちも強いのだ。
普通の女性では飽き足りない男たちの通う、人目をはばかるような娼館。そんなところに兄が足を運ぶなど考えたくはない。しかし、そうも言っていられないのも分かっていた。その可能性がもっとも高い以上、きちんと調べなければならない。
「兄が親しくしていた友人の中に、きっと南街区のそういう場所とつながりのあった相手がいたはずだ。ルーシェも言っていた。いきなりそんな場所にひとりで飛び込めるわけがない、最初は、誰か紹介者がいたはずだと。それは、兄とある程度親しかった相手……おそらくは貴族の友人だろうと」
「……まあ、あの子の言う通りだろうな」
ハーディスはリストに記された名前をじっと睨んだ。
「ほかに手がかりがない以上、その線で調べていくしかないだろう。順番に片付けていこうじゃないか。まずは誰からいく?」
「……ラングドンにしよう。リドリーによれば、兄に近侍を紹介したらしい。その近侍がちゃんとやっていたことからすると兄の性格もよく知っていたのだろう。兄の指輪を探していることにして話を聞いてみようと思う」
「彼なら同じクラブだから、まずそちらで探そうか。おまえも会員権を引き継いでいるだろう?」
「ああ。まだほとんど行ったことはないが」
クラブとは紳士たちのみが入れる会員制の社交場のようなところで、食事や休憩、知人との歓談やカード遊び、撞球、ちょっとした賭博など、男性たちがくつろいで過ごせる設備が整った場所だ。
それなりの蔵書を揃えた図書室もあるほか、王都で発行されているすべての新聞も揃っており、最高級の葉巻や酒も取り揃えられている。足りないのは女性だけだと言われるほど何でも揃っている場所だった。
紳士たちは家にいない日中はここにいて、ゆっくりとくつろいだり友人と談笑したりと、思い思いの時間を過ごしていることが多い。
北街区や中央街区にはそうしたクラブがいくつもあり、クラブによって顧客層が違う。どこのクラブの会員かということでこの王都におけるその紳士の立ち位置が推し量れるという面もあった。
ちなみに今ここでハーディスが言っている『クラブ』とは、中でも最も伝統と格式を誇る老舗の『アイヴズ』のことだ。昔からの由緒正しい貴族の子弟はたいていここの会員である。
「これからはなるべく足を運んだほうがいいぞ。あそこでの情報収集や社交は大切だ。貴族院の中だけで政治が動くわけじゃない」
「それは痛感しているさ」
爵位とともに貴族院の議席も引き継いだティリアンは、それを機にとある法案を作ろうと画策していた。戦死した兵士の遺族や戦争で障害を負った兵士たちへの年金を設立しようというものだ。
庶民院では歓迎されるその法案も、貴族院ではまだ賛同者が少ない。法案を貴族院で通過させるまでには多大な努力が要求されるだろうが、ティリアンはそれを惜しむつもりはなかった。
ただ自分だけの努力では限界がある。中でも賛同者を集めることが最大の難関だった。ハーディスはそのことを言っているのだろう。友人のオリヴァー・ローレンスも同じ忠告をしてくれたことを考えると、やはりそこが自分の一番の弱点なのだ。
「あとふた月ほどでランドールの喪も明ける。そうしたら社交界にも出られるだろう。それまではクラブに通ってそっちでできることをしっかり調べようじゃないか」
ハーディスはそう言ってリストをぴんと指ではじいた。
「さっそく明日にでも出かけよう。いいな? 昼食をそこで取ることにしよう」
「ああ」
うなずいてティリアンは立ち上がった。
「協力、感謝する」
「何を言っているのだ。ランドールの死を悔しく思っているのは私も同じだ。……後悔を抱えているのもな」
はっと視線を上げたティリアンに、苦い顔をしたハーディスはまるで懺悔でもするような声音で告げた。
「戦地にいたおまえと違って、私はここにいたのに……あいつに何もできなかった。何か問題が起こったとき、相談してくれるような関係をあいつと築けていたら、もしかして、あいつは死ななくても済んだかもしれない。あいつが死んで以来、ずっとその思いが消えないのだ。こうしておまえと一緒に調査をするのも、せめてもの罪滅ぼしだ」
「……そんなことを思っていたのか」
ある時期からは、兄よりもよほど兄らしく接してくれたこの従兄――兄弟かと思われるほど似ているその顔を、ティリアンは新たな思いで見つめた。
「ハーディス。おまえがそんなふうに責任を感じる必要はない」
「その言葉、おまえにもそっくりそのまま返してやろう」
ティリアンは目を逸らした。そしてそのままきびすを返し、「また明日、クラブで」とだけ言って部屋を出ていった。




