ハーディスとの面会 1
調査を続けると情報屋の兄弟に告げた翌日、ティリアンは従兄であるパーセル伯爵ハーディス・レイノルズの屋敷を訪れていた。社交界で兄と友人だった紳士たちのことをさぐるため、調査の協力を要請しに来たのだ。
書斎で向かい合ったハーディスは、ティリアンからこれまでの調査の経緯を真剣に聞いたあと、ティリアンが差し出したリストをざっと一瞥してからうなずいた。
「ここにある名前ならみな面識はある。紹介してやろう」
「それは助かる」
ティリアンはほっとして椅子の背にもたれた。さすが社交界きっての放蕩者のひとりとして長年遊んでいるだけのことはあり、ハーディスはやたらと顔が広い。頼りになりそうだった。
「この4人は利用しているクラブも同じだな。あとふたりは違うが、彼らが出席しそうな夜会に心当たりはある。そういう場所に足を運べば会えるだろう」
「……面倒だな」
寄宿学校を卒業してすぐ軍に入ったティリアンは、将校たちやその妻子が出席するような戦地での夜会などの経験はあるにせよ、王都で本格的な社交をしたことはない。
兄の喪もあと2か月で明けるし、何より、社交界に出て兄の友人たちに接触しないことには調査が進まない。出る必要があることは分かっているが、とにかく面倒だった。うんざりした顔のティリアンに、ハーディスが笑い出す。
「おまえが社交界に出るようになったら、女性たちの格好の獲物になるな。群がられるのが目に見えるようだ」
「……」
いっそう渋面になったティリアンを、ハーディスがおもしろそうに見ている。
「おまえも公爵になったからには結婚して後継ぎをもうける義務がある。調査のついでに結婚相手も探せばいい。効率的だろう」
「おまえだってまだ結婚していないというのに何を言っているのだ。私よりずっと早くに爵位を継いだくせに。伯母上からさんざんせっつかれているのは知っているぞ」
「そのうち覚悟して身を固めるつもりではあるさ。そうだな、あと数年したら」
「それまでにさんざん浮名を流すつもりか」
「まあな」
にやりと笑ったハーディスが、リストの名前に視線を落として真顔になった。
「誰から始める?」
「残念ながら私は誰も知らないのだ。かろうじて、ラングドンなら……私の同級生に彼の弟がいるから、そのつながりで顔なら分かるかもしれない」
「基本的に、ラングドン以外はそれほど社交的なやつらではないからな。こいつとこいつは結婚している。あとの4人は独身だが、それほど遊んでいるという話も聞かないな」
ハーディスがリストの名前を指しながら説明してくれるのを、うなずきながら聞く。
「……南街区につながりがありそうなやつはいないか?」
「見た限りでは、まったく」
それもそうか。ティリアンはため息をついた。
「しかしまだ、信じられないな……あのランドールが、南街区で何かよからぬことをしていたかもしれない、とは」
「私だって信じられない。だが兄がマドロン地区で殺されたのは事実で、あのフォート兄弟の言う通り、兄はおそらくあの地区で商売をしている誰かの<客>としてあそこにいたのだと思う。ルーシェが兄を発見して通報してくれた人物を探り当ててくれたのだが、その老人から聞き出してきたところでは、兄はランタンを持っていなかったそうだ」
「ほう、なかなかの情報収集力だな。しかしそれは何を意味するのだ?」
「マドロン地区のような場所で、兄がひとりで明かりもなしに歩けるはずがないから、兄が死んだとき、誰かが確かにそばにいたはずだということだ。そいつが兄の死に関係しているのは間違いない」
はしっこそうな弟が抜け目なく聞き込みをしている図を想像して、なんとなく頬がゆるむ。14歳だと言っていたが、確かに兄のリドリーが言う通り、その年にしてはいっぱしの働きができるようだ。
「どんなことをしていたんだろうな」
「ルーシェによると、マドロン地区にある、よそ者の<客>が来る商売は、特殊な嗜好を持つ男たちのための娼館、普通ではないものを賭けて遊ぶ賭場、表に出せない商品を取引する場所……そんなところだそうだ」
「……どれもあいつが足を運びそうには思えないが」
「まったくだ」
ふたりは顔を見合わせてため息をついた。
「結構な時間をかけて、兄が爵位を継いでからの帳簿を精査してみたが、国庫への融資を除けば、何かにそれほどの大金を投じている様子は見当たらなかった。盗品を売り買いしたり、賭け事に大金を費やしていたりすれば、必ず何らかの痕跡が数字に表れると思うのだが、それがないのだ」
「数字がごまかされている可能性は? 管財人や秘書を抱き込んで二重帳簿を作っていたとすれば、いくら表の帳簿を漁ったところで証拠は出てこないぞ」
「もちろんその可能性も考えて調べた。だが管財人も弁護士も秘書も信用のおける人物だし、それらしきことに手を染めている形跡は見当たらなかった。それに、仮に兄が二重帳簿を作っていたとすると、それがまったく何の痕跡も残らず消えているのはおかしい」
「どういうことだ?」
「兄は覚悟の死を遂げたというわけではない。おそらく不慮の出来事だったのだろうから、すべて処分して発覚しないようにしておいたという可能性は考えにくいと思う。つまり、いずれ裏帳簿が見つかるか、残された表の帳簿と現実が合わなくなって破綻していることに私が気づくかのどちらかになるはずだ」
「確かにそうだな」
机の上に置いてある葉巻入れを取り上げたハーディスが、中の葉巻を一本取り出しながら相槌を打つ。
「そもそも兄は数字に強いほうではなかった。兄が得意だったのは芸術や文学の分野で、実務的なことは苦手だったはずだ。正直なところ、私がこれだけ調べてもまったく何も分からないほどみごとに帳簿をごまかす術を兄が知っていたとは思えない」
「……なるほど」
吸い口を切り、葉巻にじっくりと火をつけたハーディスは、ふうっと煙を吸い込んだ。




