公爵の結論 3
「……っ」
ティリアンは目を見開いてルーシェリアを見つめ返した。いつも冷徹な彼には珍しく、わずかに、しかし確かに驚きの表情を浮かべている。
「ルーシェ、座れ」
横でリドリーが焦ったようにルーシェの手を引っ張ったが、ルーシェリアは動かなかった。
「座るつもりはないよ、リドリー。僕たちは侮辱されたんだ。ここで依頼終了として、このままここから出ていくか、それとも公爵様が非を認めたうえであらためて信頼に基づく協力関係を結ぶか、ふたつにひとつだろう。違うの?」
「……まあ、違わないな」
苦笑したリドリーは、この場を繕うのをあきらめたらしい。やれやれと言いながら立ち上がった。
「言葉が過ぎてはいますが、ルーシェの言うことは間違ってはいないと俺も思います。脅されてまで仕事をしたいわけじゃない、俺たちは手を引かせてもらいましょう」
そのほうが公爵様のお心も安らぐことでしょうし、とつけ加えたリドリーは「おいで。帰ろう」とルーシェリアに声をかけて椅子から離れた。連れだって戸口へ向かいかけたとき、「待ってくれ」とティリアンの声がした。
「ルーシェ、君の言う通りだ。私のやり方は間違っていた。謝罪するから、もう一度、座ってくれないか」
「えっ!?」
ルーシェリアはリドリーと顔を見合わせた。
(お貴族様が、謝罪するだって!?)
振り返ってみると、立ち上がったティリアンが、こちらをじっと見つめている。その表情が若干気まずそうだったので、ルーシェリアの怒りは少しおさまった。
「ほんとにそう思ってるの? 僕たちを引き止めたいだけじゃなくて?」
「先日と同じ間違いをまたしてしまったな、と思っているところだ。すまなかった、ふたりとも」
ティリアンがはっきりと謝罪の言葉を口にした。ルーシェリアはリドリーともう一度視線を合わせ、どうしよう、とささやく。リドリーはティリアンに向き直った。
「よろしいのですか。俺たちをこの件に関わらせるということは、俺たちも秘密を知る立場になるということですよ。本当に構わないのですか?」
「ああ。重ねて言うが、君たちを信用していないわけではないのだ。ただ……ああいうやり方は、貴族どうしならば当たり前でごく普通の駆け引きだが、君たちには……特にルーシェには通じないということを失念していた」
ティリアンが椅子を示し、座ってくれる気はあるか、と再び尋ねた。謝罪された以上、ルーシェリアたちもそれを拒む理由は見つからない。リドリーが座るのに合わせてルーシェリアもその横に腰を下ろした。
「それにしても、君は本当に物怖じしない子だな。いくつなのだ?」
ルーシェリアに視線を向けたティリアンが、感心したと言いたげな口調で尋ねてきた。
「14だよ」
「そうか。ずいぶんとしっかりしている」
「子供だから怖いもの知らずなだけですよ」
横のリドリーが苦笑する。ふたりのあいだでそういう役割分担にするってことになってるじゃないか、と思いつつも、自分の行動のほとんどが地であることも分かっていたので、ルーシェリアは黙って視線をよそに向けた。
「ハーディスが君のことを、頭のいい子だと褒めていた。その口ほどに頭も回るなら、確かにさぞかし頭の回転も速いのだろうな」
「ええ、この年にしてはしっかりしていましてね。仕事の片腕として十分役に立ってくれています」
「ちょ、リドリー」
ルーシェリアはちょっと赤くなってリドリーの袖を引っ張った。リドリーはルーシェリアに甘い。ルーシェリアを褒めてくれるひとに対してはとたんに好意的になるという、弟(いや実は妹だが)としては面映ゆく照れくさいところがある。今回もどうやらその弟馬鹿な性癖が刺激されてしまったらしい。
急ににこやかになったリドリーと、恥ずかしそうな表情になっているであろうルーシェリアを、ティリアンが興味深そうに見比べている。
「ともかく、君たちには今後も引き続き調査に当たってほしい。こちらも兄の交友関係について、ハーディスの協力のもと本格的に調べてみようと思っている。南街区に関わる情報が出てきたらすぐに知らせるから、そちらを調べてほしい。了承してもらえるだろうか」
「ええ、分かりました。こちらでも、できる範囲でもう少し突っ込んだ調査をしてみます」
そのあとリドリーとティリアンが報酬のことで簡単に打ち合わせをし、何もなくても週に一度はこちらから連絡をとることを確認したのち、ふたりは公爵邸を辞した。てくてくと歩きながら、リドリーが大きく伸びをする。
「あーあ、肝を冷やしたぞ、今日は」
「……ごめんね、でもつい、むかっとして……」
「いや、おまえは間違っちゃいなかった。だがな……もうちょっと言葉は選んだほうがいい。あの公爵様だったから今回は何も言われなかったが、普通のお貴族様や中央街区の商人だったりしたら、あんな言い方をされたら腹を立てるのが普通だ」
「でも、そういうことにしてるじゃないか。子供の僕が、言いにくいことはずばっと言うって」
「まあな。でも言い方ってもんがあるだろう?」
リドリーはぽんぽんとルーシェリアの頭を軽く叩いた。
「おまえの課題だな、それは。もう少しああいう相手に対する交渉術ってもんを磨け」
「……分かった」
リドリーの言いたいことは分かったので、ルーシェリアはおとなしくうなずいた。それを見たリドリーが安心したように口もとを緩める。
「おまえは賢い子だ。公爵様にも褒められたじゃないか。歯に衣着せぬ物言いは、受け入れてもらえるときと、そうじゃないときがある。ちゃんと使い分けられるようになれ」
「うん」
「おまえならできるさ。さあ、がんばって歩いて、今日はもう一仕事できる時間に戻れるといいな」
「そうだね」
遅めの昼食を取って、午後にもう少し働けそうだ。ふたりはキリアの作る昼食を思い浮かべつつ、足どりを速めた。




