公爵の結論 2
「あとは頼んだ、か……あまりそういうことを言いそうな兄ではなかったが、まあ仕方があるまい。現当主は私なのだから、私が始末をつけねばな。そういうことだろう、ルーシェ?」
ティリアンの表情がやわらいでいる。嬉しくなってルーシェリアはうなずいた。
「うん、そう」
「だが、私も頑張らねばならないのか?」
「だってこのまま調査を続けるなら、どうしたって社交界でのお兄さんの知り合いに話を聞かなくちゃいけないでしょ。それは僕たちには無理だ。公爵様じゃないとできない」
「それもそうだな」
「もちろん僕たちも、こっちでできる調査は進めるよ。役割分担だね。ねえリドリー?」
「あ、ああ……しかし、それはどうかな」
苦笑したリドリーがティリアンに向き直る。
「俺たちはあくまでも南街区が縄張りなんで、貴族の方々については情報収集ができません。ですから、調べる対象が社交界に出入りするような方たちばかりとなると、あまりお役に立てないかと。何よりも、兄上の秘密を我々まで知ってしまうことになるかもしれません。公爵様はそのあたりをどうお考えなのでしょうか」
「それは……君たちはここで手を引いてもいいということだな?」
「ええ。公爵様がそうお望みなら。……先ほどおっしゃったことを考えると、我々のような者が公爵家の秘密を知ることになるというのも、公爵様にとっては不安材料になるかもしれませんから」
ルーシェリアははっとしてかたわらのリドリーを見つめた。
確かにそのとおりだ。すっかり自分たちもティリアンと一緒になって謎の解決にあたるつもりだったけれど、考えてみれば自分たちだってティリアンから見れば部外者だ。秘密を知られたくなどないだろう。
ティリアンは膝に両肘をつき、組み合わせた両手にあごをのせてこちらを見つめている。その瞳は凍てつく暗い青で、どこか夜明け前の深い藍色の空を思わせた。
「……正直、そのことも考えた。君たちの助力なしで、解決できないものかと」
「ええ」
「しかし、事実として、兄に手を下したのは南街区の人間なのだ。そこは揺るがない。社交界での交友関係が南街区との関わりを生んだのだとしても、その関わりの中で兄は殺されたのだから、やはり南街区の調査ができる君たちの協力がなくては、この件を解決することはできない。私はそう思う」
「そうですか」
「ああ。それに私は、君たちのことも少し調べた。仕事の評判やひととなりについて。そして調査を始めて以来、自分の目で見てきたことも重ね合わせて、結論を出した。……君たちを信用して、ともに調査をしていこうと」
自分たちのことを調べられていたのか。ルーシェリアとリドリーは顔を見合わせて苦笑した。
「誰を雇ったのか、聞いてみたいものですね」
「それは秘密だ」
ティリアンがかすかに笑みを浮かべる。
「君たちなら、たとえ兄の秘密を知ったとしても、その秘密をたてに私を脅迫したりはしないだろう。私はそう判断した。……ただ、保険はかけさせてもらおうと思うが」
「保険、ですか?」
リドリーがいぶかしげに尋ねる。ティリアンは「そうだ」とうなずいた。
「もし君たちがリールズ公爵家に対してよからぬふるまいに及んだら……そのときは、南街区に憲兵隊を送る」
「……はあ!?」
よほど驚いたのだろう、リドリーがすっとんきょうな声を上げた。
「憲兵隊……!? まさか、そんな……」
「僕たちふたりを捕まえるために、そんなことができるの……?」
ルーシェリアも驚いて口をはさむ。
「憲兵隊を動かす理由など何とでもつけられる。リドリー、そなたの奥方は、<雄羊亭>の娘御だそうだな。そこからまず家探しして、それから自宅。憲兵の家探しは荒っぽいぞ?」
「……っ」
そんなことは嫌というほどよく知っている。南街区の者にとって憲兵局という相手は天敵に近いのだ。ふたりはあらためて貴族というものの怖さを思い知った心持ちで、言葉もなく眼前のティリアンを見つめた。
「……もちろん、これはあくまでも仮定の話だ。これでも人を見る目はそれほど曇ってはいないつもりだ、君たちが仕事上知りえた秘密でよからぬことをするような人間だとは思っていない」
「……はああ、よかった……」
思わず脱力したルーシェリアを、リドリーが苦笑いしてたしなめた。
「こら、正直すぎるぞ」
「だって驚いたんだもの。こんなに正面切って脅されるとは思わなかったから」
「喧嘩を売られたら倍にして叩き返すのが私のやり方だ。それを予告しておくほうが公平だろうと思ってな」
「……公平だって?」
ルーシェリアは皮肉げに口角をつり上げた。
「……それを公平と言うのかなあ。お貴族様のあなたと僕たち貧民街の住人っていう時点で、そもそもまったく公平じゃないでしょ」
ふんとせせら笑いを浮かべたくなるのをこらえ、なるべく淡々とした口調で返したつもりだったけれど、ティリアンは察したらしい。わずかに目をすがめた。
「私のやり方に不満でも?」
「ああ、不満だね。信用していると片手を差し出しながら、自分だけ、もう片手でこれ見よがしにナイフをちらつかせるようなやり方なんて、公平でも何でもない。そんなに信用できないなら、最初から手なんて差し出さなければいいんじゃないの」
ルーシェリアは立ち上がった。椅子を勧めてくれて、お茶をご馳走してくれて、いい人だと思ったけれど、所詮は貴族だ。ちょっと……いや、かなりがっかりした自分自身にも腹を立てながら、ルーシェリアはきっぱりと言った。
「公爵様、信用とか信頼ってのはね、片手に武器を持ったままじゃ生まれないんだよ。僕もリドリーも、仕事で知りえた秘密で人を脅したりなんかしない。それを信じられないのなら、仕事を依頼しなきゃいい。それだけだ。どうして憲兵隊なんて脅しを振りかざすの?」




