公爵の結論 1
ティリアンから届いた伝言には、この日なら公爵邸にいるという予定が何日か記されていたので、ふたりは翌日、さっそくまた出かけていった。少しだけ待ったのち、部屋に通される。
「ご足労だったな」
奥の机の向こうから立ち上がってこちらに歩いてきたティリアンがふたりに声をかけ、椅子を勧めてくれた。そして自分も向かい側の椅子に座る。
「いえ、大丈夫です。調査を続けることにされたのですね」
「ああ。ずいぶん考えたが……詳しくはお茶が来てから話そう。どうせルーシェはそれまでは落ち着かないだろうからな」
ちらりとこちらを見たまなざしは少しだけ柔らかかった。
「君のおかげで私から言葉をもらえたと、料理人たちがえらく君に感謝しているらしいぞ。今日、君たちが来て喜んでいると、リアンナが言っていた」
リアンナとはこの屋敷の家政婦頭であるミセス・ライトのことだろう。それにしても、この屋敷で自分がそんなふうに話題にされているとは思わなかった。少々きまりが悪い。
ほどなく扉が叩かれ、いつものようにお茶の用意が運ばれてきた。香り高い紅茶と香ばしいパンの香り。今日はどんなのかな、と期待に胸を躍らせ、配られるところをわくわくと見守る。
「……今日はいつもと違うね」
「違う種類のパンを焼いてみたらしいな」
料理人の中にパン焼き職人もいるそうで、今日はその職人がちまちまと数種類のパンを焼いたらしい。
「食べていい?」
「ああ」
ルーシェリアはさっそく手を伸ばし、皿に盛られた小さなパンのひとつを取ってかじってみた。幾層にもなった生地のさくっとした歯触りはまるでパイのようで、バターの香りがふわりと広がる。
「……おいしい! こんなパン、初めて食べた……!」
目を丸くしたルーシェリアに、横でリドリーも「うまいな」とうなずいている。
「この国ではあまり見ないが、南ではよく食べられている。ただ、腹にたまるかというと……菓子のようなものだな」
食感がふわふわと軽いので、たしかにおなかはふくれそうにない。バターもどっさり使って焼き上げるのだろう。貴族らしい贅沢なパンだなと思う。しかしおいしい。ルーシェリアは紅茶を飲みながらぱくぱくと皿のパンを食べた。どれも上品に小さく作ってあり、いくらでも食べられそうだ。
「どれもすごくおいしいね、公爵様。ひとつひとつに神様の祝福が宿っているよ」
「……そうか」
また別のパンには、このあいだルーシェリアが感動した胡桃のペーストが焼きこまれていた。
「あ、これ、こないだのだね。ああ、なんておいしいんだろう……」
「泣かなくていいぞ」
そっけなく返したティリアンの答えにリドリーが吹き出しそうになっている。ルーシェリアはじろりと兄を睨んだ。
パンをほおばるあいまに紅茶を飲む。ここでこう何度もおいしいお茶を飲むと、正直、リドリーの家でキリアが出してくれるお茶が味気なくて仕方なくなってしまうのだが、それでも飲まないという選択肢はない。今日もうっとりとするような芳香を漂わせたそのお茶を、ルーシェリアは幸せをかみしめつつ堪能した。
やがて皿の上の小さなパンも紅茶もなくなり、幸せにひたっていたルーシェリアははっと我に返った。ティリアンもリドリーももう食べ終えていて、なんというか……生暖かい視線をルーシェリアに向けている。
「な、なに?」
「いや……本当に幸せそうに食べるなと思って」
先日にもちらっと見せた、あの微苦笑が、今日もティリアンの口もとに浮かんでいる。
「それは幸せに決まっているじゃないか。こんなにおいしいものを食べているんだもの。そして食べさせてくれた公爵様にも心からの感謝を捧げるよ」
「……それはどうも」
「ルーシェ、もう食べ物のことはいいよな。それより本題に入ろう」
ルーシェリアを牽制するようにリドリーが割って入り、そしてティリアンに目を向けた。
「調査を続けるとお決めになったそうですが……よろしいのですね、兄上の秘密を暴くことになっても」
「ああ。色々考えてみたが、やはりこのままにしておくことはできないという結論に至った。そなたたちには調査を続けてもらいたい」
「かしこまりました。……あの、もし許されるならば、でいいのですが、理由をうかがってもよろしいでしょうか?」
「ああ。理由はいくつかあるが……やはり、兄を殺した犯人に報いを受けさせたいというのが最大の理由だ」
「ほかは……?」
「兄の秘密がどんなものだったのか、知っておきたい。公爵家の当主として」
「とおっしゃいますと……?」
問い返したリドリーに、ティリアンは決然とした口調で告げた。
「兄が殺されたということは、その秘密を、おそらくほかの者も知っていたということなのだと思う。誰がどんな形でその秘密を知っているか分からない。その状態を放置しておくのは危険だ。最悪の場合、公爵家の汚点として誰かに脅迫されることもあるかもしれない。そういう可能性を考えると、やはり知っておいたほうが安全だと判断した」
(なるほどね)
復讐という理由はルーシェリアにもよく分かるが、もうひとつの理由は考えていなかった。だが、言われてみれば納得できる。
前当主の秘密がどんなものであったかは現時点では分からないが、後ろ暗いものだった可能性は高い。そのことを知っている誰かの存在が気になるのは、公爵家の現当主としては自然なことだろう。
「兄の秘密を暴くことにためらいがないとは言わない。だが、リールズ公爵家を危険にさらすことは、兄とて望まないと思う。そのためなら、許してくれるのではないかと……」
ティリアンが目を伏せた。
きっといろいろ考え抜いてこの結論に至ったのだろう。冷たい彫像のような冷然とした人物に見えても、きっとこの人は本当はそうではないのだ。ルーシェリアは、前回の訪問の時に彼がつかのま見せたあの表情――秀麗な面にまざまざと浮かんだ葛藤の表情を覚えていた。
「きっとお兄さんもそう思ってるよ。弟よ、あとは頼んだってね。だから公爵様も一緒に頑張ろう」
思わずルーシェリアは口を出した。リドリーがぎょっとしてルーシェリアを見る。ティリアンは……少し目を見開いて、ルーシェリアを見つめた。




