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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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雄羊亭にて 2

「ほら、食いな」


 ブルーノが皿とパンの入った籠をもって出てきて、近くのテーブルに置いてくれた。ほかほかとあたかそうなシチューが皿に盛られている。


「ありがと、親父さん」


「よかったらもっと食えよ。おまえは細っこいからなあ。もっと食わねえと、兄貴みたいな強い男になれねえぞ」


「うーん、僕はたぶんリドリーみたいにはなれそうにもないんだけど」


「そう悲観するなって。うちのイーサンも子供の頃はチビで痩せっぽちだったが、いつの間にかけっこう立派な体格になったぞ」


(それはイーサンが本当の男の子だからだってば)


 ルーシェリアは心の中でそう思ったが、もちろんそんなことを言うわけにはいかない。だから黙って肩をすくめ、テーブルに着いてシチューを食べ始めた。

 ブルーノはさっさとカウンターの奥の厨房へ戻っていき、ハンナと一緒に料理の下ごしらえを再開した。あと1時間もすれば開店時間だから、準備に忙しいのだ。


 厨房には話に出されたイーサンの姿も見えた。彼はキリアとナンシーの次に生まれたブルーノ夫婦の長男だ。キリアが結婚して家を出たのと入れ替わるようにしてこの雄羊亭で両親の手伝いを始め、今ではなくてはならない戦力として、多忙な居酒屋を切り回す両親の助けになっている。寡黙だがしっかりした長男は、ブルーノ夫婦にとっては頼もしい後継ぎだろう。


 しばらくは夢中でシチューとパンを食べていたルーシェリアは、おなかが満足するととりあえず落ち着き、ふう、と息をついて顔を上げた。


 もうすっかり通い慣れたこの雄羊亭は、情報屋フォート兄弟にとっては仕事の拠点だ。

 南街区ではたぶん5本の指に入るくらいの広さを誇り、開店すればおおぜいの客たちでにぎわうこの店には、ひとだけでなく情報もまた集まってくる。ルーシェリアたちだけでなく、ほかの情報屋たちも、ここをしばしば訪れる。そして同業者どうしで情報を交換したり、お互いの仕事にさぐりを入れたり、ときには協力し合ったりするのだ。

 もちろんほかの客たちから話を聞くこともあるし、ただじっと座って客たちの話に耳を傾けたりすることもある。


 店の壁の一角には何枚かの紙が貼られている。憲兵局が貼っていった指名手配者の名前や特徴を書いたものだったり、尋ね人のチラシだったり、何かの告知だったりと、内容はまちまちだ。


 ただ、南街区の住人たちで読み書きができる者はごく少数派だ。リドリーやルーシェリアのように不自由なく読み書きができる人間の方が珍しいのである。だからその掲示もほとんど(かえり)みられることなくそこにあるだけで、どれも薄汚れ黄ばんできている。

 

(ろくに字も読めない南街区の住人たちのところにこんな掲示を貼るなんて、当局の奴らは馬鹿なんじゃないのかな。似顔絵でも描いて貼り出すほうがよっぽど役に立つだろうに)


 指名手配者の告知のチラシを見るたびにルーシェリアはそう思わざるを得ない。

 だがまあ、憲兵局など南街区の住人にとってはできるだけ関わりたくない存在なので、馬鹿なくらいのほうが都合がいいというものである。

 たまに騒ぎが起こると憲兵たちが駆けつけて収拾にあたるけれど、そのときの言動はとにかく高圧的で高飛車で偉そうで、後ろから蹴飛ばしたくなるようなものだ。きっと彼らも、自分たちが彼らを嫌うのと同じくらいこちらのことを嫌っているに違いない。貧民街に住む薄汚れたネズミどもめ、と。


「ルーシェ、こんにちは。来てたのね」


 ふいに後ろから声をかけられ、ルーシェリアはふり向いた。ブルーノ夫婦の次女であるナンシーがにこにこと笑いかけてくる。


「やあ、ナン。お疲れ様」


「ルーシェこそお疲れ様」


 開店に備えて手伝いに来たのだろう。店用のエプロンをつけながらカウンターの奥に入り、エールを入れるためのジョッキを準備し始めたナンシーは、最近結婚したばかりの新婚さんである。だがこの店の(つまりは実家の)すぐ近くに住んでいるため、毎日のように手伝いに来ているのだった。

 総じて、ブルーノ夫婦の子供たちはみんな親孝行のよい子たちである。これも両親の人徳というものなのだろうか。


義兄(にい)さんと姉さんは元気にしてる?」


「うん、どっちも元気そうだよ。ナンこそ旦那さんと仲よくやってるの?」


「当たり前でしょ」


 ナンシーは肩をすくめ、「新婚なんだから」と付け加えた。


「そりゃそうか」


「義兄さんたちも仲よくやってる?」


「もちろんさ」


「そりゃそうよねえ」


 繰り返しのような会話にふたりしてぷっと吹き出していると、厨房のほうからハンナの声が飛んできた。


「ナン、ジョッキの準備が終わったらテーブルを拭いておくれ」


「はーい」


 女給(じょきゅう)を雇っていない雄羊亭では、基本的に家族だけで店を切り回している。調理はブルーノとハンナとイーサンで配膳がナンシー、忙しくなってくるとハンナも配膳に回る。

 以前はキリアも手伝っていたけれど、妊娠してからはつわりがひどく、店には出られなくなっていた。キリアとしては、体調が落ち着いたら無理のない範囲でまた手伝いたいと思ってはいるようだけれど。


 ただ、おなかが目立ってくればどのみちもう店には出られないだろうし、赤ちゃんが生まれたらそちらに手がかかるだろうから、今後キリアが戦力になるとは考えにくい。もうひとりくらい人手が欲しいところだろう。


(イーサンの下のボビーは別の店に奉公に出てるし、その下のシンディはまだ13歳だから、さすがに店に出すのは無理があるしなあ。どうするのかな。誰か雇うのかな)


 なんにせよ、そういうことはブルーノとハンナが考えることだ。ルーシェリアは立ち上がって「ごちそうさま」と奥に声をかけた。


「じゃあまたね。おばさん、これはちゃんとキリアに届けるから」


「ああ、頼んだよ」


「またねー、ルーシェ」


 ハンナとナンシーの声に送られながらルーシェリアは雄羊亭を出て、リドリーの家へと歩き出した。


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