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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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雄羊亭にて 1

「親父さん、こんにちはー」


「おう、ぼうず。おまえたちに伝言が届いてたぞ。例のお貴族様じゃないか? えらくぱりっとしたお仕着せを着た従僕(じゅうぼく)が届けに来たからな」


 ほぼ毎日足を運んでいる()(ひつじ)亭へ今日もやってきたルーシェリアは、カウンターの後ろから出てきた『親父さん』、つまりキリアの父親でありこの居酒屋の亭主であるブルーノの言葉に目を丸くした。


「あ、ついに来たんだ! 見せて」


「ほらよ」


 ブルーノから封筒を受け取る。見るからに上質そうな紙で作られた封筒には深紅の封蠟(ふうろう)が押されていた。リールズ公爵の印章なのだろう。

 ぺりっとその封蠟をはがし、中の便箋を取り出して文面を読む。そこには、はっきりした力強い書体で、調査を続行したいから近くまた公爵邸に来てほしい旨が書かれていた。


「公爵様、やっぱり続けることにしたんだ……」


 迷っている様子だった先日のティリアンを思い出して、ルーシェリアは小さくつぶやいた。彼がそう決めたのなら、自分たちにできることはたったひとつだ。彼の依頼した調査に全力であたること。久々の大きな仕事に胸が高鳴る。


「なんか食っていけよ、ルーシェ」


 がさがさと手紙をポケットに入れていると、奥に戻っていたブルーノが声をかけてきた。それとほぼ同時に、「あら、ルーシェ」と別の声もする。


「こんにちは、おばさん」


 2階へと続く階段からおりてきたのはブルーノの妻であるハンナだ。娘のキリアによく似た容貌のハンナは、ルーシェリアを認めて顔をほころばせた。


「ちょうどいいところに来てくれたね。悪いけど、これをキリアに持っていってくれないかしら」


 手にしていた(かご)をかかげてみせる。もちろんだよ、とルーシェリアはその籠を受け取った。白い布がかけられたその籠は、小ぶりな見た目に反してわりと重い。


「何が入ってるの?」


「プラムよ。よかったら後であんたもキリアから分けてもらっておあがり。つわりに果物なら効くかと思って、知り合いの店で安く分けてもらったから」


「プラム! おいしいよね! キリアもきっと喜ぶよ。甘酸っぱくてみずみずしいものが食べやすいって言ってたから」


 この雄羊亭の亭主夫婦であるブルーノとハンナのもとには、長女のキリアを筆頭に7人の子供がいる。結婚しているのはキリアと最近所帯を持ったばかりの次女ナンシーだけで、キリアのおなかにいる赤ちゃんが、ふたりにとっては初孫となる。そのせいか、ふたりの喜びようと心配ぶりは大変なものだった。


 ただ、世話を焼きたくても、それなりに大きな居酒屋を構えてその切り盛りに忙しい日々を送っているふたりには、キリアの面倒を見る時間がなかなか取れない。

 特に母親であるハンナにはそれがもどかしいのだろう、こうしてちょくちょく食べ物などを差し入れてせめてもの代わりとしているようだ。


「キリアは元気にしてる?」


「ちょっと前までつわりでしんどうそうだったけど、最近はだいぶ落ち着いてきたんじゃないのかな。こっちにもときどき顔を出してるでしょ?」


「あの子はあたしらの前では気丈にしてるからね。心配させまいとするから、なかなか本当の様子が分からないんだよ。しんどうそうだったら教えておくれよ、ルーシェ。なんとか時間をやりくりして駆けつけるから」


「分かった」


 母親というのはありがたいものだ、とルーシェリアは思う。とっくに成人して子をなすような年になっても、やはり子供は子供、いつまでも心配なのだろう。


(まあ、おばさんみたいなちゃんとした母親ばっかりじゃないってのも、南街区に住んでれば痛感するけどね……)


 貧しい南街区では仕事を見つけるのもたやすいことではない。特に女にとっては、身体を売る以外の仕事などそうそう見つかるものではないのだ。娼婦となって生計を立てていれば、いくら気をつけていても妊娠してしまうときもあり、そうなればいずれ望まぬ赤子が生まれることになる。

 そういうとき、たいていの赤子は闇に葬られる運命だ。生まれてすぐに殺されたり、あるいは人目につかない場所に捨てられたり。

 また、なんとか生き延びてそれなりに大きくなった子供でも、実の父親や母親によって人買いに売られることも少なくはない。子だくさんな家庭ほどすぐに子供を売る。そして得た金で生活し、その金が尽きるとまた子供を売るのだ。人買いや女衒(ぜげん)は南街区ではありふれた商売であり、子供が彼らに売られていくところもまた南街区ではよくある光景だった。


 そんな親も多い南街区にあっては、キリアの両親は珍しいほどまともだ。忙しいながらも子供たちをちゃんと育て、愛情をかけて可愛がっているのが分かる。

 もっとも、それは多分に、彼らの生活が余裕のあるものだからかもしれない。貧しさはひとを狂わせるものだから。


 南街区の中では治安のいいこの地区に雄羊亭という繁盛した居酒屋を構えるブルーノ夫婦は、南街区の中では最も成功した部類に入る人間だった。あくまでも『南街区の中では』という但し書きはつくにせよ、ほかのもっと貧しい住人たちに比べれば、彼らは明らかに豊かで、周囲からも一目置かれている。


 そのせいか、この地域で起こるいざこざがブルーノに持ち込まれることも多い。公平な性格のブルーノはちゃんと両方の言い分を聞いてやり、自分の意見を述べる。実際の権限など何もなくても、彼の意見はかなりの確率で尊重され受け入れられる。

 ハンナはハンナでこの近辺のおかみさん連中をがっちりとまとめているから、彼ら夫婦はいわばこのあたりの実力者とでもいうか、まとめ役としても尊敬されていた。要するに、けっこうすごいひとたちなのである。


 リドリーがキリアと結婚したことで、彼ら家族と義理の親戚になったルーシェリアだが、彼らはみな、親もいない浮浪児上がりのリドリーとルーシェリアをあたたかく迎えてくれた。

 社会的な立ち位置としては明らかにキリアの家のほうがリドリーよりもずっと上だから、よく親父さんが娘としがない情報屋の結婚を許したものだという気もする。

 もっとも、キリアに言わせると、『父さんはリドリーの人柄に惚れ込んで、こんないい男なら娘を託せるって思ったらしいわ』ということなのであるが。あの親父さんに認められるとは、さすがはリドリーだと思う。


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