新しい依頼人 2
「……何の用だい」
「用があるのは私ではなく、そちらの彼なんだ。君たちに仕事を依頼したいそうだ」
ふうん、とルーシェリアはパーセル伯爵を見返した。
「伯爵様、この方は信用できるお方なの?」
「ああ。彼は私のいとこだ」
いとこだったのか。道理で似ていると感じたはずだ。こうやって同じ部屋にいるふたりを見ると、血のつながりが確かに感じられた。
(では、この男は、いとこの情報を密かに買おうとしていたわけか)
「……いとこだからって信用できるとは限らないよ、伯爵様。本当に信用がおけるのかどうかは血のつながりとは関係ない」
ルーシェリアはそのことをよく知っている。兄のリドリーと、本当に血のつながったきょうだいではないからだ。血のつながりなどなくても、ルーシェリアにとってはリドリーがこの世でいちばん信用できる人間である。
口答えをしたルーシェリアにパーセル伯爵の目がすっと細くなった。彼が機嫌を損ねたと思ったのか、横から男が口を挟む。
「……この子は、私がおまえの情報をこっそり買おうとしたから、私を信用していないだけだ。なんともしっかりした子ではないか」
ルーシェリアは目を見開いた。男があっさりとそのことをばらすとは思わなかったからだ。男は涼しげな切れ長の瞳で伯爵を一瞥したあと、納得したようだと見て取ったのだろう。ルーシェリアに向き直り、再び口を開いた。
「改めて挨拶をさせてもらおう。私はリールズ公爵ティリアン・アースターだ。先日はすまなかった。君を侮辱する意図はなかったが、そう受け取られても仕方ない。詫びさせてくれ」
「……あ……うん」
あまりにも正面から謝罪されて、ルーシェリアは呆然としながらうなずいた。公爵といえば貴族の中でも最上位の爵位だ。そんな雲上人が平民に謝罪するという、ありえない振る舞いに驚きすぎてまともに返事もできないでいるルーシェリアに、ティリアン・アースターと名乗った男は話し続ける。
「先日の件は、こいつといささか……そう、行き違いと誤解があったが、それは既に解決済みだ。私のしたことは彼も知っている。だから、頭から私を疑ってかかるのは、もうやめてくれないか」
黙ってパーセル伯爵を見やったルーシェリアに、伯爵は彼の言葉を肯定した。
「その通りだ。彼が私を探ろうとしたことはもう聞いたし、事情も理解した。だから大丈夫だ」
「分かった。なら、話は聞くよ。依頼を受けるかどうかは兄のリドリーと話し合って決めなきゃならないけど、伯爵様の紹介ならたぶん引き受けると言うんじゃないかな」
ルーシェリアがそう答えると、公爵はうなずいた。
「ある件をさぐるにあたり、信用できる情報屋がほしいと思っていたのだ。君は図らずもあのとき自らそれを証明してみせた。私には南街区での情報収集は難しいから、君たちが手助けしてくれたら助かる」
「何の件なのか、ここで話すの?」
パーセル伯爵がいるけどいいのか、という含みは伝わったらしく、公爵はうなずいて「ああ、構わない。彼も知っていることだ」と答えた。
「私の兄が4か月前に亡くなった。その死に不審な点があり、調べたいのだ」
「……それは……えっと、お悔やみ申し上げるよ」
これは思ったより重い話になりそうだ。ルーシェリアはまずは哀悼の意を述べた。
「ああ。兄が亡くなったために急遽私が軍から呼び戻されて跡を継ぐはめになったのだが、最近になって、兄の死にどうもおかしな点があることが判明した」
公爵の声がわずかに低くなる。
「兄は南街区のある場所で他殺体として発見された。持ち物を物色された形跡があり、財布がなかったことから、行きずりの強盗に襲われたのだと判断されていた。しかし、屋敷で遺品を整理していたとき、寝室の引き出しの奥からあるものを見つけたのだ」
「あるものって……?」
思わず話に引き込まれたルーシェリアが尋ねると、彼はポケットから小さな紙片を取り出した。
「これだ。兄の筆跡で日付と場所が書かれていた。兄はどうやら誰かと約束していたようなのだ。そして約束した場所に出向き、おそらくその近くで殺された。約束した相手に殺されたのだと思うのが自然だろう」
「もしかして、その日付って……」
「そう、兄が殺された日だ。発見された日の前日ということだな」
「場所も一致するんだね?」
「ああ。マドロン地区と呼ばれているあたりだ」
ルーシェリアは顔をしかめた。南街区の中でも特に治安が悪いところだ。
「分かったよ。今の話を兄さんにして、引き受ける方向で検討する」
「ああ。引き受けると決めてくれたら、もっと詳しい話をする。返事はなるべく急いでくれ」
「了解。じゃあ、失礼するよ」
用は済んだと出ていこうとしたルーシェリアを、パーセル伯爵が呼び止めた。
「ルーシェ。こいつの兄のランドールは、私にとっても幼馴染の従弟だった。彼に何があったのか、私も知りたい。君たち兄弟の総力を挙げて調べてほしい。礼ははずむから」
「……兄さんにそう伝えておく」
ルーシェリアはそれだけ言うと部屋を出ていった。
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「引き受けてくれるだろうか」
閉まった扉を見ながらティリアンはつぶやいた。ハーディスが「大丈夫だろう」と答える。
「礼ははずむと言ったから、リドリーはきっと引き受けると思う。彼らは腕利きの情報屋だ、きっと手がかりを見つけてくれるさ」
「兄のほうはどんな男なのだ? まさかあの子とあまり年が違わなかったりしないだろうな」
どう見ても15歳以上には見えない小柄な少年の姿を思い出しながらティリアンが尋ねると、「兄のリドリーはずっと年上だ。おまえや私と同じくらいじゃないか」とハーディスが応じた。
「ならいいが……正直、あんな子供だから少し驚いた。そういえば、おまえ、わざと黙っていただろう。片方はまだ子供だと」
2か月前に場末の居酒屋で初めて会ったときも、内心ではいささか驚きを禁じ得なかったのだ。フォート兄弟は南街区では一番信用のおける情報屋だと聞いていたが、まさか弟がまだ少年で、その子がひとりでやってくるとは思いもしなかった。粗末な身なりをして顔の上半分を帽子と前髪で隠したその少年は、まなざしも物腰も用心深い野生の子猫のようだった。
「今日、兄と弟のどちらが来るかは分からなかったからな。あのルーシェは確かにまだ子供だが、はしっこくて目先のきく、頭のいい子だ。子供だから相手も油断していろんなことを漏らすんだよ。それに、愛嬌があって女性に気に入られる。そっちからも情報を得られるんだろうな。現に、うちのおっかない家政婦頭もあの子にはめろめろだから」
「愛嬌……?」
あの日も、今日も、彼には愛嬌らしきものなどまるで見当たらなかったが。ティリアンの声音に疑いがありありと表れていたのだろう、ハーディスが笑い出した。
「おまえはこのあいだ、あの子を怒らせたんだろう。だから今日もおまえのことをずいぶん警戒していたが、普段のあの子は愛想がよくて如才ない、人懐こい少年だ。そしてそれを仕事にも存分に活用している」
「そうか」
以前居酒屋で会ったときの、威勢のいい啖呵を切った少年の姿を思い出して、ティリアンは苦笑した。あのときは怒りを覚えはしたものの、冷静になると自分のしたことが確かに彼の矜持を傷つけるものだったと気づいて、ちゃんと謝りたいと思っていたのだった。
謝罪もできたし、依頼も引き受けてもらえそうだと少し安心して伯爵邸を辞して、自分の屋敷に戻るべく歩き出す。馬車に乗るほどの距離ではないから、ここに来るときはほとんど徒歩だ。
歩きながら、さっきの少年の姿をなんとなく思い浮かべる。あの少年が本当に愛嬌があって人懐こいのなら、そのうちに自分にもそんなところを見せてくれるのかもしれない。
(野生の子猫のようなあの少年を、少しくらいは手なずけることができるだろうか)
ちらりとそんなことを考えながら、ティリアンは家路についた。




