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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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公爵への報告 5

 ティリアンは、そんな品行方正な生活をしていたはずの兄が、なぜあのような死を遂げねばならなかったのか、と考えているのだろう。それはリドリーにもルーシェリアにも大いなる謎だった。コリン・ダンバーから話を聞いてきて以来、リドリーはそのことが一番ひっかかっているようだったし、ルーシェリアも同様だ。


「そうなのです。兄上はあまりにも……なんというか、生々しい欲というものを感じさせない生活をしておられた。俺もそれがとても不思議でした。時間と金と権力のある貴族が、それほど清廉(せいれん)潔白に生きられるものなのか……いや、これは失礼いたしました」


 貴族であるティリアンに向かって言えば侮辱になりかねないことに気づいたのだろう、リドリーは慌てて謝罪したが、ティリアンは気にもとめず、「ふむ……」と考え込んだ。


「そなたの言いたいことは分かる。本当に清廉潔白だったらあんなところで殺されているわけがない。兄は何か隠していたのだ。それが何なのかを突き止めない限り、兄の死の謎は解けない」


「……そうですね。しかし、果たしてそれを推し進めてよいものなのか、いま一度ご再考されたほうがよいかもしれません」


 リドリーの控えめな口調に、ティリアンは視線を上げた。


「どういうことだ」


「何を隠しておられたにせよ、ランドール様はそれを秘密にしておきたかったのではないかと。暴かれることは望んでおられなかったのではないでしょうか。……これ以上調査を進めると、我々は、ランドール様が隠しておきたかった秘密を暴くことになってしまうかもしれません。それでいいのでしょうか」


「……少し、考えさせてくれ」


 平坦な声で告げ、ティリアンが立ち上がった。

 ふたりと目を合わせようとはしなかったが、立ち上がった彼を振り仰いだ瞬間、ルーシェリアは彼の顔につかのま浮かんだ葛藤をまざまざと読み取った。冷然とした表情をほとんど崩さないティリアンには珍しいその表情に意表を突かれたルーシェリアは、思わずかたわらのリドリーを見たが、リドリーはメモに目を落としていてティリアンのその表情には気づいていない。


「悪いが今日の会合はここまでにさせてほしい。今後の調査のことについては後日伝言を届ける。今日の支払い分はジョアンに預けてあるから、帰るときに受け取るように。ご苦労だった。……いや、まだあとひとつ、用事が残っていたか」


 ルーシェリアと目が合ったティリアンが、ふとかすかな微笑を――ほんのわずかではあったが、微笑と呼べるものを浮かべた。そして座っているルーシェリアのかたわらに立ち、ぽんぽんと帽子を叩く。


「料理人に礼を言いに行くのだったな、ルーシェ。付き合ってくれるか」


「もちろん!」


 覚えていてくれたことが嬉しくて、ルーシェリアは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。リドリーも立ち上がる。手にしていた、関係者の名前の並んだ一覧表のメモをティリアンに差し出した。


「こちらがダンバーから聞き取ってきた名前です。調査を続けるおつもりがあるのでしたら、ご活用ください」


「ああ。……そなたたちはよく働いてくれた。この短期間で驚くほどの成果だ」


「初めのうちは、調べるとっかかりがあれこれとありますので、色々と分かることも多いのです。ですが、じきにそれもなくなる。その後の調査は時間がかかります」


「なるほどな」


 三人は連れ立って部屋を出た。一階に下りると執事のジョアンが驚いたように「ティリアン様」と近寄ってきた。


「どうかなさいましたか」


「ちょっと厨房へ行く」


「……は?」


 よほど意外だったのだろう、ジョアンが露骨に驚いた表情を浮かべた。それがおかしかったのか、ティリアンの口もとがわずかにゆるむ。


「ルーシェが言うには、おいしい料理を作る者は神の祝福を一番受けてしかるべきだそうだ。彼が受けた熱い感動を料理人たちに伝えるついでに、私からも感謝の念を伝えておこうかと思ってな」


「……はい……??」


 絶句しているジョアンを置いてティリアンはすたすたと歩き、使用人区画へと進んでいった。普段は行かない場所のはずだが、屋敷内の経路はきちんと把握しているらしく、迷いもせずに歩いている。ときおり行き交う使用人たちがティリアンに気づいて一様(いちよう)にぎょっとして、慌ててお辞儀をするのがおもしろい。


 やがて厨房にやってきたティリアンは、「おいで、ルーシェ」とルーシェリアに声をかけ、ひょいと中に入っていった。振り返った料理人たちがみな驚愕(きょうがく)の表情になる。


「てぃ……ティリアン様!?」


 ひとりは動揺のあまりお玉を取り落としている。ルーシェリアは朗らかに声をかけた。


「こんにちは、皆さん。あの、おいしいお茶とお茶請け、どうもありがとうございました!」


 にっこり笑うルーシェリアの横で、ティリアンが言葉を継いだ。


「出してくれるものがとてもおいしい、おいしい料理を作る者は神の祝福を一番受けてしかるべきだ、とこの子が感動していた。そしてそれを私からも伝えるべきだというのだ。その通りだと思ったから来た。私もいつもおいしいと思って食べている。礼を言う」


「……まあ、ティリアン様! なんとありがたいお言葉……」


 大鍋の前にいた大柄な女性が、涙ぐまんばかりのようすで深々と頭を下げた。ほかの者たちもいっせいにそれにならって頭を下げる。


「これからもよろしく頼む。では、邪魔したな」


 それだけ言うとティリアンはルーシェリアをうながして厨房の外に出た。


「これでよかったか?」


 問いかけられたルーシェリアは「うん!」と元気よくうなずいた。


「あそこの人たち、すごく喜んでたでしょ? きっと、とても嬉しかったと思うよ」


「だったらいいのだが。……ああ、ジョアン、こちらへ。彼らへの支払いを頼む」


 ティリアンに呼ばれたジョアンが足早にこちらへやってきた。手にしていた小さな袋をリドリーに渡す。


「それでは私はここで失礼する。また連絡する」


「かしこまりました。連絡をお待ちいたします」


 リドリーが頭を下げ、ルーシェリアもそれにならった。カツカツと靴音を響かせてティリアンが去っていく。それを見送ったジョアンが、「ご苦労だったな」と使用人用の出入り口まで案内してくれた。

 執事に礼を述べて公爵邸を辞したふたりは、しばらく無言でただ歩いた。やがてリドリーがぼそっとつぶやく。


「……公爵様、どうされるだろうな」


「そうだね、難しい選択だと思う」


 故人の意向を尊重したいという気持ちがある一方で、真実を知って肉親を殺害した犯人に裁きを与えたいという思いもあるだろう。ティリアンがどう考え、どう結論を出すつもりなのか、まったく読めなかった。


「まあ、伝言を待とうか。それまではほかの仕事をしよう」


 リドリーがきっぱり言って、ルーシェリアもそちらに頭を切り替えた。


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