公爵への報告 4
「……兄の用事とは何だったのだろうか」
しばらくしてティリアンがぽつりとつぶやいた。
「先ほど例として君があげたようなところに、兄が客として通っていたとは、正直、とても思えない……しかし、現にそこに足を運んでいたというのは、そういうことだったのだろうか……?」
「その可能性は高いと思うけど、でも、まだ分からない」
「……そのあたりを、もっと突っ込んで調べることは可能か?」
ティリアンが顔を上げた。ルーシェリアはリドリーと顔を見合わせる。
「……ありていに申し上げれば、かなり難しいかと。いずれも後ろ暗い商売で、なおかつ顔役たちの資金源でしょうから、警戒はそうとう厳しいはずです。部外者がうっかりかぎまわったら、翌日にはディエル川に浮かんでいるということになりかねません」
リドリーが答えた。そうだろうな、とティリアンがため息をつく。
「逆に、客になっている人を探すほうが楽かもしれないね」
ルーシェリアが思いついたことを口にすると、ティリアンが「どういうことだ」と片眉を上げた。
「お兄さんも、いきなりそんな場所にひとりで飛び込めるわけじゃない。最初は、誰か、紹介者がいたはずだ。そしてそれは、お兄さんとある程度親しかった人、おそらくは貴族のお友達か誰かじゃないかなと思ったんだけど」
「ランドール様に仕えておられた近侍の青年から、ある程度、親しかった方々のお名前を聞いてあります。そちらから調査するのもよいかもしれません。指輪の件も合わせて」
「なるほど。そろそろリドリーの報告を聞く頃合いだろうか。ルーシェ、君の話はそれくらいか」
「うん」
「ではそちらの報告を」
ティリアンがリドリーに向き直る。リドリーはうなずき、話し始めた。
「ラウンティンの町でコリン・ダンバーに話を聞いてきました。彼は今、実家の小間物屋を手伝い、将来的にはそこを継ぐつもりのようです。もともとは次男で、店を継げるあてがなかったから王都に出て奉公人となったらしいのですが、長男がより大店の家付き娘と結婚してそちらの店に移ったそうで、自分が継げることになったと話していました」
「そうか」
「商家に生まれ育ったためか、如才ない人あしらいとそつのなさがうかがえる、近侍に向いた性格の男だと思いました。ランドール様は難しいところのある方だったようですが、彼ならうまくやれたでしょう」
「たしか、ほかのところから来たのだったな」
「ええ、ジョアンさんがおっしゃっていたとおり、もとはランドール様の友人であるハロルド・ラングドン様のところで働いていたそうです。そこでは近侍ではなく、従僕だったそうですが、こいつならやれるだろうとご紹介いただいたと言っていました。彼があげたランドール様のご友人の名前はあとで一覧にしたメモをお渡ししますのでご確認ください」
「ああ」
「少し長くなりますが、ランドール様の日頃の生活について、いろいろと教えてもらってきましたので、お話しします。よろしいでしょうか」
「ああ。……私は兄の10年を、何ひとつ知らない。長くなってもかまわないから、聞いたことをすべて教えてくれ」
「はい。……ダンバーは4年前からランドール様にお仕えしていました。主人としてのランドール様は、気難しく、神経質なところのある方ではあったが、そこさえ気をつければ理不尽な叱責もなく、よいご主人様だったとのことです。静かな日常を好まれ、予定通りに行動するのがお好きで、不意の来客や突然の変更をことのほかいとわれていらしたようです。屋敷では、毎朝決まった時間に起床され、決まった手順で身支度をし、その日の予定をこなしておられたと」
「……兄らしいな。子供の頃も予定を崩すのを嫌っていたから」
ティリアンが苦笑した。
「読書と音楽をことのほか好まれ、ことにピアノは毎日欠かさずに何時間も弾いておられたそうです。友人方の前で演奏を披露されることも多く、舞台に立てるほどだと賛辞を受けておられたとか」
「……昔から、兄はピアノを弾くことを愛していた。毎日飽きもせず弾いていた」
「社交界には興味がないご様子で、舞踏会や晩餐会などにはほとんどお出にならなかったそうです。ただ、オペラ観劇やコンサート、音楽を楽しむ集いにはしばしば参加され、またこの公爵邸でも時々催されていました。ご自分のピアノやご友人方の演奏の披露だけでなく、若手の歌手や演奏家を招いての独唱会や演奏会もあったそうです。なかでもひとりの若いテノール歌手の歌声をたいそう気に入っておられ、後援なさるようになったと言っていました」
「そうだったのか。知らなかった。なんという歌手だ?」
「えーと、アルマン・タイラーという名前ですね。ご存知ですか」
「いや、知らない。私は音楽にはまるで疎いのだ」
メモを確認して答えたリドリーに、ティリアンが首を振る。
「ダンバーも聞いたことがあるそうですが、たいそう美しい歌声だったと。ランドール様は彼の才能を高く評価していらしたようですね」
「そうか」
「よくこのお屋敷を訪れていたご友人方は多くはなかったようです。ただ、ゆるやかな音楽好きの仲間、というようなつながりがあり、演奏会などでは2,30人ほど集まるのが常であったとか」
「その者たちの名前は分かるか?」
「ご友人のお名前は聞いてきましたが、さすがにお仲間全員の名前までは覚えていませんでした。思い出せる範囲でいいからと言って、とりあえず分かる範囲で聞き出してきました」
リドリーがメモを見せた。ティリアンがそれをちらりと見る。
「読書と音楽以外には興味をお持ちでなく、賭け事にのめり込んだり高級娼婦に入れあげたりするような、貴族男性にありがちな悪癖も、少なくとも彼の目から見た範囲では縁がなかったようですね。むしろ金の使い方はとても堅実で、贅沢な買い物をするところなどほとんど見なかったと。強いて言うなら葉巻をお好みで、最高級のものを吸っておられたそうですが、それもいつの間にかやめておられたようです」
「……話を聞いた限りでは、まるで聖人君子のようだな」
ティリアンが苦い笑いを浮かべた。




