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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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公爵への報告 3

「それほど高価ではないものの、兄はあれを大切にしていた。奪われたのだとばかり思っていたが、言われてみると、もし愛人や恋人……大切に思う相手がいたのなら、贈ってもおかしくはないな。公爵家に伝わる装身具は正式な結婚相手にしか贈れないが、あの指輪は兄の個人的な持ち物だったから」


「指輪については近侍(きんじ)から聞いた話もあるのです。あの指輪は、ランドール様が殺害されるしばらく前から、もう身辺には見当たらなかったと」


「そうなのか?」


 目を見開いたティリアンに、リドリーは「彼は確かにそう言っていました」と答えた。


「なくされたのですか、と恐る恐る聞いてみたら、そうではないと言われたとのことです。それ以上は聞けなかったそうですが……ランドール様はそういった詮索(せんさく)をことのほか嫌われる方だったようなので」


「では、兄が自らの意思で誰かに渡した、というのはおそらく確かなのだろうな。その動機が、愛ゆえなのか、あるいは脅されたためなのか、それは分からないが……少なくとも、兄を殺害した日に犯人が持ち去ったと考えることはできない、ということか」


 犯人を見つける手がかりになるのではないかと思っていただけに、残念だったのだろう。ティリアンが眉根を寄せた。


「もしお兄さんが自分の意志で指輪を手放したのだとしたら、南街区の故買屋で見つけることは難しいかもしれない。むしろお兄さんの交友関係をあたるべきかもしれないね」


「そうだな」


「指輪の件は今のところそこまでだ。それから、当日の朝、倒れていたお兄さんを発見したおじいさんを見つけることができて、話を聞いてきた」


 ルーシェリアがそう言うと、ティリアンは感心したようにルーシェリアを見て「すごいな」とつぶやいた。


「彼によると、お兄さんはうつぶせで倒れていたそうだ。たぶん自分のほかにも、お兄さんを見た者は大勢いただろうと言っていた。みんな、厄介ごとに巻き込まれたくなくて放っておいたけど、そのおじいさんは、そんなところで死んでしまったその人が気の毒になって、せめて家族のもとに帰してやりたいと思って、憲兵局に通報してくれたんだって」


「……そうか」


「そのおじいさんが通報しなかったら、お兄さんの亡骸(なきがら)すら、おうちには戻らなかったかもしれない。だから、僕たちが、公爵様たちの代わりに、よくよくお礼を言っておいた。ありがとうって。それでよかったよね?」


 ティリアンは目を固く閉じ、しばし何かに耐えるようにじっとしていた。それからゆっくりと目を開ける。


「……ああ。代わりに礼を述べてくれたこと、感謝する」


 かすれた低い声だった。そういえばこの人は兄の葬儀にも間に合わなかったのだと思い出す。

 兄の死をみとることもできず、さらには葬るときに最後の別れを告げることもできず、ティリアンの中ではまだ兄の死に整理がついてはいないのだろう。ルーシェリアたちに調査を依頼し、兄の死について考えることで、兄がもういないという現実と折り合いをつけていきつつあるのかもしれない。


「それから、興味深い証言も得られた。お兄さんは手に何も持っていなくて、まわりに散らばっているものも何もなかったと。これがどういうことか分かる?」


「ああ。夜にそんな場所を歩いていたのなら、必ずランタンを持っていたはずだ。それがなかったということは……」


「そう。つまり、明かりを持って歩いていた人物が少なくともひとり、お兄さんの傍にいたはずだ。殺されたとき、お兄さんはやっぱり、ひとりではなかったんだよ」


 そいつが犯人かどうかはまだ分からないけど、少なくとも目撃者であることは確かだろう。ルーシェリアはそう付け加えた。リドリーも横から口をはさむ。


「俺もマドロン地区で聞き込みをして、たむろしている浮浪少年たちにもちょっと話を聞いてみました。そういう子たちはよく、はした金で明かり持ちをやるものですから。ただ、この件について知っていると答えた者はいませんでした。それが本当かどうかはともかくとして、ひとつ分かったことがあります」


「それはなんだ?」


「そういう少年たちが、マドロン地区にやってくる、ランドール様のような方――明らかに身分の高い方、もしくは金持ちの商人など、南街区の住人ではない人物にその場でひょいと小銭を渡され、明かり持ちをやることは、ほぼないらしいということです」


「ほう。なぜ?」


 中央街区では、明かり持ちで日銭(ひぜに)を稼ぐ子供たちがたくさんいる。だからティリアンも疑問に思ったのだろう。


「彼らのようなよそ者には、ほぼ必ず、案内役がすでについているからだと、少年たちは言っていました。だから自分たちは近寄ることもできないと」


「あのね、公爵様。僕がマドロン地区で聞き込みをしたとき、ある人はこう言っていた。気を悪くしないで聞いてもらいたいんだけど……」


 上目遣(うわめづか)いでティリアンのほうをうかがう。ティリアンは無表情のまま「続けろ」と短く答えた。


「金持ちのよそ者がここに来ることはよくある、そしてそれはたいてい、ろくでもないことをしに来るものだって。普通じゃないものを賭けて遊ぶ賭場とか、特殊な嗜好(しこう)を持つ男のための娼館とか、後ろ暗い商品の取引とか。そういう理由で、よそ者はこの地区にやってくるのだって」


「……それで?」


「そしてその背後には、そういうことを仕切っている奴らがいる、と。あの地域にも何人かの顔役がいて、お互いに縄張りを持って争ってるけど、よそ者はそういう奴らの<客>であり、金づるなんだって。だから、地元の住人は、いくらその<客>が金持ちそうに見えたって、絶対に手は出さないそうだ。後ろに奴らがいるってことを知ってるから」


「……」


「その人の結論はこうだった。つまり、その<客>に何かをするのなら、それは奴らの仕業だ、と」


「……つまり、兄の死は、兄を<客>として招いていた誰かの手によるものだということか?」


「この論法で行くなら、そうなるね」


 ティリアンは目を伏せ、しばらく黙って何か考えているようだった。


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