公爵への報告 1
「久しぶりに来ると、遠いね」
「ああ」
ルーシェリアはリドリーと一緒に北街区へ向かって歩いていた。ティリアンからの依頼を受けてから10日あまりが経つ。今日は調査の進展状況を彼に報告する予定だ。
貴族どうしなら使用人を介した手紙のやり取りなどで予定を合わせることもたやすいだろうが、ルーシェリアたちにそんなことはできない。郵便を出すような距離でもない(しかも手紙を出すには金がかかる)し、伝言を届けるなら自分たちで行くしかないのだから、予定を合わせるためにわざわざ足を運ぶくらいなら、多少待たされても訪問が一度で済むほうがよほどありがたいのである。
「今日、公爵様はいるかなあ」
「それを祈ろう」
ルーシェリアにもリドリーにも、それぞれ報告すべきことがあった。特にリドリーは近侍に会うために彼が戻っていったという故郷のラウンティンまで足を延ばしていたので、その結果を伝える必要がある。
ひたすら歩くうちに北街区に入った。瀟洒な馬車が頻繁にがらがらと軽快な音を立てて通りすぎ、お仕着せを着た使用人とおぼしき者たちや、貴族の屋敷に物資を納入に来た商人の武骨な荷馬車などが行きかうなか、美しい街並みを横目で見ながらてくてくと歩く。
昼食をとってから出かけたはずなのに、こうして歩いているとまたおなかが減ってくる。それを認めると余計に疲れる気がするので、ルーシェリアはひたすら心を無にして歩いた。
ようやく公爵家の壮麗な屋敷が見えてくる。貴族の館ばかり立ち並ぶ北街区の中でも、その敷地は特に広く、屋敷も大きい。この国の貴族の中でも確実に5本の指に入る大貴族だとリドリーが言っていたが、さもありなんと思ってしまうたたずまいだ。
門番小屋で用件を告げると、大門の横にある小さな通用門がキイと軽快な音を立てて開けられ、中に入れてもらえた。さらに歩いて建物の左側にある使用人用の出入り口に向かう。こちらだって、貴族の屋敷をあまり知らなければ、正面の門かと思ってしまいそうになるほどじゅうぶん立派に見える。
ノッカーをかつんと叩いて来訪の意を告げると、扉の上のほうののぞき窓からちらりと誰かの顔がのぞき、ややあって扉がおもむろに開いた。
「おや、君たちか」
リドリーと顔見知りになったとおぼしき若い従僕がふたりを入れてくれた。
「ミセス・ライトを呼んでくるよ」
「お願いします」
しばし待ってから、この屋敷の家政婦頭であるミセス・ライトがやってきた。
「ティリアン様は来客中なので、しばらく待ってもらえるかしら。よかったらこちらにいらっしゃい」
そう言われて案内されたのは、使用人用の談話室、というか休憩室だった。休憩時間に、ここでおしゃべりに興じたり、ちょっとした手仕事をしたりするための部屋だ。何人かの使用人たちが思い思いにくつろいでいた。
「おう、リドリーじゃないか」
聞き取り調査で馴染みになったのか、従僕のお仕着せを着た青年が手を振る。お邪魔します、とリドリーが頭を下げた。
空いた椅子にふたりで座って興味深くあたりを眺める。壁に戸棚が置かれ、本やゲーム盤とおぼしきものが並べられていた。王都で一番読まれている大衆向け新聞も置いてある。使用人たちの余暇の時間はなかなか充実しているようだ。
「あんたたち、南街区から歩いてきて喉が渇いたでしょ。ほら、お水」
ひとりの小間使いが水の入ったコップを持ってきてくれた。ありがたく受け取って喉をうるおす。
この屋敷のひとは概して親切なようだ。貴族の屋敷によっては使用人までやたら横柄なこともあるし、そもそも待たせるときも中に入れてくれない場合だってある。今回はずいぶん恵まれていてよかったな、と思いつつのんびり待っていると、やがて執事がふたりを呼びに来た。
「ティリアン様が執務室でお待ちだ。来なさい」
前回と同じ経路をたどって執務室まで歩く。使用人用の区画は飾り気がないのに、その区画を外れたとたん、やたらと優美な装飾がなされた廊下に変わるのが、いつもながら露骨すぎてちょっとおかしい。もちろんそんなことは口に出さないけれど。
「ティリアン様、フォート兄弟を連れてまいりました」
「入れ」
短い返答があった。通されたルーシェリアたちの後ろで静かに扉が閉まる。先日のように執務机に腰を下ろしたティリアンがふたりを見つめていた。
「よく来てくれた。調査がどうなっているのか気になっていたのだ。そろそろこちらから伝言を届けようかと思っていた」
「それは失礼いたしました。少し間隔を開けすぎましたか」
リドリーが恐縮したように頭を下げる。いや、とティリアンが手を軽く振った。座っていた椅子から立ち上がり、こちらに回ってくる。
「こういう調査を頼むのは初めてだから勝手が分からないだけだ。君たちのやり方で進めてくれて構わないのだが……ただ、本音を言えば、もう少し連絡をまめにしてくれると助かる」
「以後、心がけます」
また頭を下げたリドリーにならい、ルーシェリアも頭を下げた。
依頼人との付き合い方も相手によっていろいろで、こまめに報告することを望む者もいれば、進展があったときのみ連絡が欲しいという者もいる。ティリアンはどうやら前者のようだ。
「まあ、座ってくれ。調査は進んだのだろうか」
「はい。いくつか興味深い情報も得られましたし、ルーシェのほうもいろいろとご報告したいことがあるようです」
「それは楽しみだな。どちらから聞けばいいのだ?」
そうですね、と腰を下ろしたリドリーとルーシェリアは顔を見合わせた。




