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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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マドロン地区再訪 1

 1週間後、ルーシェリアは再びマドロン地区に足を運んでいた。今度は公爵邸での聞き取りとラウンティンでの調査を終えた兄のリドリーも一緒だ。ランドールの死体を最初に見つけたという老人から話を聞くため、一緒についてきてもらったのだった。まずはふたりで話を聞き、そのあとは別行動で情報を集めようということになっている。


 といっても、別行動をとる大部分の理由は、ルーシェリアと行動を共にするともれなくリーサの店で掃除をしないといけなくなるという点だった。リドリーが嫌がったのだ。


「あのばあさんは食えない()(じん)だし、店の掃除なんて嫌だ。家の掃除を手伝うだけで俺はもううんざりなのに」


 どうも、つわりで体調が悪かったキリアを手伝って、リドリーはたびたび家の掃除をしていたらしい。その作業が(しょう)に合わなかったのだろうか。やれやれと笑ったルーシェリアは、リドリーから掃除を免除してあげたのだった。


「ここだよ」


 先週教えてもらった建物を指さす。ふたりは古ぼけた木の階段をミシミシと音を立てながらのぼり、二階の扉を叩いた。しばらくして「誰だい」とぶっきらぼうな女の声が中から聞こえた。


「突然すみません。あの、こちらのお爺さんにちょっと話があるんですが、いらっしゃいますかね」


 リドリーが愛想よく答える。少し間があって、扉に()られた小さな(のぞ)き窓ががたりと開けられ、女の顔が少しだけ見えた。こちらに鋭い視線を向けている。


「父さんに何の話があるってんだい」


「4か月前に、この近くで身なりの良い男性が殺された事件がありましたね。それを最初に発見したのがこちらのお爺さんだと聞いたのですが、そのことについて話を(うかが)いたいんです」


 リドリーが女から見えるように手を上げた。指先には一枚の硬貨をつまんでいる。女は目をすがめた。少し考えていたようだったが、やはり硬貨の効き目は絶大だった。扉がギイと開く。


「厄介ごとはごめんだよ。本当に、話を聞くだけなんだね?」


「もちろんです。知っていることを話してくれるだけで」


 リドリーがうなずくと、女は奥に向かって「父さん! 父さん! 客だよ」と声を張り上げた。

 ややあって、足を引きずるようにしたひとりの老人が姿を現した。リーサよりもさらに年上に見える、しょぼくれた老爺(ろうや)だ。


「客って、あんたらのことか」


 しわがれた声でつぶやいてリドリーを見上げた老人に、リドリーは愛想よく笑ってみせた。


「ええ。娘さんにもお話したんですが、2月にこのあたりで人殺しがあったでしょう。あなたが最初の発見者だと聞いたんです。その話を聞かせてもらえませんかね」


 リドリーは横にいた女にさりげなく硬貨を手渡した。それをぎゅっと握りしめた女が、「父さん、見たことを話してやんな」とだけ言って奥へ戻っていく。

 それを見送った老人が「何を話したらいいもんかね」と戸惑ったようにこちらを見つめた。


「まず、お爺さんがその倒れているひとを見つけたのが何時ごろだったか、覚えてる?」


 ルーシェリアの質問に、老人は「もちろん」と答えた。


「その日、わしは日が昇るずっと前に家を出た。近所の教会でやってる、7時からのパンの配布に並ぶためだ。だから、見つけたのはそのもっと前ということになるな」


「なるほど。夜明け前でも、もう誰か歩いていたりするのかな? ほかにもその死体を見つけた人がいたかもしれないと思う?」


「ああ。たぶん、もっと早くあの道を通る者はいたはずだ。しかし……あの死体は、いかにも面倒ごとに巻き込まれたっていう雰囲気だったから、みんな見ないふりをして通り過ぎたのだろうなあ」


「その雰囲気ってのは、なんで? やっぱり身なりがよかったから?」


「ああ」と老人はうなずいた。


「この地区に来る身なりのいい奴は、例外なく、誰かの<客>だ。何かもめごとが起こって殺されたってことくらい、赤ん坊でも分かることさね」


「じゃあなんで、お爺さんは憲兵に通報したの?」


「この年になると、もう自分のお迎えも近いと思うもんでな。あんなふうに死にたくはないし、もしあんな最期になっちまったとしても、せめてちゃんと家族に弔ってほしい……寒い中、道端にいつまでも転がってるような死にざまはさらしたくない。そう思うと、なんだか気の毒になってなあ」


 ひと息入れるようにいったん言葉を切った老人は、しみじみとした口調でまた話を続けた。


「あの男のことも、せめて家族のもとに返してやりたいと思ったんだ。……正直、あのままだと、じきに身ぐるみ()がされ、家族が見るに堪えないありさまに成り果てるんじゃなかろうかと……そう思ったもんだから」


「……そっか。お爺さん、ありがとう」


 思わずルーシェリアは老人にお礼を述べてしまった。老人がいぶかしげな顔でルーシェリアを見る。


「ぼうず、あの男の家族なのかい。……どう見てもそうとは思えんが」


「はは、もちろん僕の家族じゃないよ。でも彼は依頼人の家族だったんだ。あなたの思いやりのおかげで、彼の家族は彼をちゃんと弔うことができたはずだから、かわりにお礼を言おうと思って」


「……そうか」


 それはよかった、と老人はしわくちゃの顔に笑顔を浮かべた。


「まだ若いのに、気の毒なことだったが……家族のもとに戻れたんなら、よかったよ」


「少し細かいことを伺ってもいいですか」


 それまで黙っていたリドリーが質問を始めた。


「どんなふうに横たわっていたか、覚えていますか?」


「ああ……うつぶせで、顔だけ横に向けて、両手を軽く開いて倒れていたな」


「何かまわりに散らばっているものなどはありませんでしたか? 背中にナイフが刺さっていたりとかは?」


「どちらもなかった。……両手にも、何も持っておらんかったような気がする」


 目を閉じて思い出そうとしたのち、目を開いた老人は、「そう、彼は何も持っておらんかった」と繰り返した。


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