友人の訪問 3
「僕に人望がなかったとは言わないが、おまえだってけして人望がなかったわけではない。むしろ崇拝されていたと言ってもいいな。ただ、僕とは違っておまえは近寄りがたかっただけだ」
肩をすくめたローレンスは、「とにかく、だよ」と仕切り直すように言った。
「本気で例の法案を通したいのなら、社交界を避けていてはだめだろう。寄宿学校なら孤高の存在でいても問題はなかっただろうが、貴族院ではそうはいかない。おまえが望む結果はそれでは得られない。ちゃんと人脈を作らないと」
「……そうだな」
ローレンスの言っていることは正しい。貴族院の議席は爵位を持つ貴族たちのものだ。彼らの賛同を得ない限り、法案が貴族院を通過することはない。
過半数の賛成を得るには地道な努力が必要となるが、当然のことながら貴族院と屋敷を往復するだけでは何もできはしない。貴族たちが集まる場所におもむいて顔を売り、話をすることで、つながりが生まれてくる。やりたいことがあるのならその努力を放棄するなとローレンスは言っているのだ。
「喪が明けたら少しは社交界に顔を出すように努力してみる」
「なんとも覇気に欠けた決意表明だな」
吹き出したローレンスが「まあ、そのうちにうちの夜会にも来てくれ」と目もとをなごませた。
「うちの妹がもうすぐデビューするんだよ。あいにくまだおまえは喪が明けていないから、招待はできないが、8月のはじめにうちで記念の舞踏会を開くことになっている。そのうちおまえにも紹介させてくれ」
「ああ……おまえには弟と妹がいたのだったな。弟のことは覚えている」
「エリオットのことは寄宿学校で見知ってくれていたものな。妹のアレクシアは僕とは10歳も離れているから、妹がもうデビューするような年齢だなんて未だに思えないくらいなんだが、なるべくおまえが面倒を見るようにと両親に押しつけられてね。今年は妹のお守りで忙しくなりそうだ」
「普通は母親が連れまわすものではないのか?」
不思議に思ってそう尋ねると、ローレンスは「普通はそうだろうけど……」と苦笑した。
「母は……なんというか、社交が得意じゃないから」
「私のようにか?」
「おまえは面倒くさいとか鬱陶しいとか、そういう理由だろう? 母は違うんだ。内気なたちでね。華やかな社交の場では気後れして、うまく話せなかったり、緊張したりしてしまうらしい」
「そうか」
「しかも妹は母上とそっくり同じ性格をしているときている。あのふたりを夜会に出したって、ふたりして壁際に突っ立っているだけになってしまうから、おまえがエスコートしろと父上に申し渡された」
「おまえなら人付き合いは得意だものな。いいのではないか? 適材適所ということだろう」
「そういうことだな」
何を思い出したのか、ローレンスはつかのま表情を曇らせたが、すぐにティリアンに視線を戻してにっこりと笑った。
「僕としてもアレクシアには幸せな結婚をしてほしいんだ。持参金だけを目当てに近づくような輩はごめんだから」
「それには同感だ。うちにもエレナがいるから、その気持ちはよく分かる」
貴族の女性が嫁ぐときには実家が持参金を用意するものだ。当然ながら実家の裕福さとその額は比例するので、金のない紳士が資産家の令嬢との結婚を狙うことも多い。
エレナも、ローレンスの妹のレディ・アレクシアも、持参金は莫大なものになるだろう。つまりは持参金狙いのよからぬ紳士を引き寄せる危険があるということだ。
「僕もレディ・エレナの安全には目を配っておくようにするから、おまえもアレクシアと同席する機会があれば、妹のこともよろしく頼むよ。僕がそばにいないときにおかしな男に近づかれたりしていたら止めてほしい。レディ・エレナならあしらえるかもしれないが、アレクシアはそういうことは不得手なんだ」
「分かった。お互い、気を配るようにしよう」
ティリアンがうなずくと、ローレンスは嬉しそうな顔をしてうなずいた。
しばらく世間話を交わしたあと、次の予定があると言ってローレンスは公爵邸を辞していった。つくづく社交的な男である。自分も少しは彼を見習うべきなのだろうなとティリアンは苦笑した。
良くも悪くも命令系統がはっきりしていて上官の命令が絶対である軍とは違い、貴族院は人脈や味方の数がものを言う世界だ。本来ならティリアンよりもむしろローレンスのような男こそ貴族院での活動に向いている。
(あいつがアディントン侯爵位を継承したあかつきには、何が何でも味方として引き入れたいところだな。そうなってくれたらさぞかし頼もしいことだろう)
なんにせよ、ローレンスやハーディスのような社交の才がない以上、地道に自分のできることをやっていくしかない。ティリアンはローレンスを見送ったその足で再び執務室へ戻り、やるべき仕事を再開したのだった。
・上流階級の若い女性は、だいたい17~18歳くらいで社交界にデビューします。そこで1年から2年以内に結婚相手を見つけて結婚するというのが一般的な流れになっています。
・貴族階級の娘に用意される持参金は、動産だけとは限りません。限嗣相続(跡を継ぐ長男だけに相続が許された財産)でない小さな所領を持参金として嫁ぐこともあります。
その場合、その所領の名義は妻となる娘ではなく夫になります。この時代のディエリアはまだ女性が所領を有する権利を持っていないためです。




