友人の訪問 2
「おまえの気持ちも分からないではないが、先代のリールズ公爵のように隠遁生活を送るつもりはないんだろう? 少なくともおまえはちゃんと貴族院には行っている」
「貴族院に行くのは議員としての義務だ。兄はそれをおろそかにしていたようだが、私はそうではない」
「真面目だな、おまえは。通したい法案があると言っていたが、そのためだろう?」
「そうだ」
「父上にはちゃんと推薦しておいたよ」
「それはありがたいな」
ティリアンが貴族院で通したいと思っているのは、怪我で退役せざるを得なくなった軍人や、戦死者の遺族たちに、国家から年金を支給する法案だ。国のために犠牲を払った軍人たちやその家族が困窮することのないように、多少なりとも国家から援助できるようにしたい。軍人として戦場にいた自分だからこそ取り組める活動だと信じて動き始めたところだった。
庶民院のほうでなら必ず可決されるであろう法案だが、貴族院ではまだまだ理解を得ているとは言い難い。地道に理解者を増やしていくことが求められる。そのためには、社交界を避け続けているわけにはいかない。それは分かってはいるのだが……。
「おまえが社交界に出入りするようになってくれたら、僕の苦労も半減する。早く来てほしいものだ」
「……おまえの狙いがそれだということは分かっているから、わざわざ口に出すまでもないぞ」
「いや、あまりにも楽しみで。僕もようやく、夜会のたびに令嬢たちから追い回されることなく気楽にのんびりできるのかと思うと、その日が待ち遠しくてたまらないよ」
「うるさい」
「色めき立つ令嬢がたの姿が目に浮かぶようだな。凛々しくも美しい外見と最高の爵位、そして莫大な資産を一身に備えた、最高の花婿候補の登場なんだから」
「そんな地位は慎んで辞退してやる。おまえの称号を奪うつもりはない」
じろりと睨みつけると、ローレンスはおおげさに両手を広げてみせた。
「あいにく、それを決めるのは僕でもおまえでもない、令嬢たちとその母親たちだ。これまではまあ、僕が一番人気だったことは認めるが、それはじきに過去の栄光となるだろうな。ああ、残念だ」
「言葉にまるで真実味がないぞ、ローレンス」
そんな不毛な会話を交わしていたら、書斎の扉がノックされた。「入れ」とティリアンが上げた声に従って中に入ってきたのは、茶器を載せたワゴンを押した女性使用人のティナだ。
「失礼いたします」
なめらかな手つきで紅茶を淹れてお茶請けの載った皿とともにテーブルに置いたティナは、すっとお辞儀をしてワゴンを扉の脇に置き直すと部屋を辞していった。
「紅茶より酒のほうがよかったか?」
「いや、紅茶を飲むよ。いい香りだ」
貴族らしい優雅なしぐさでローレンスが紅茶を飲むところを見るともなしに見つめながら、先日この屋敷に来た客――南街区の情報屋フォート兄弟のことを思い出す。
(南街区の者のわりに、がさつな印象は受けなかったな、そういえば)
ふたりのふるまいを脳裏に浮かべてみると、もちろん洗練されたマナーとはとても言えなかったけれど、けして無作法ではなかった。
身につけているものは着古されてはいたけれど不潔さは感じられず、話し方も粗野なものではなかった。服さえ着替えれば中央街区の住人だと言われても違和感はないくらいだ。
正直、南街区で情報屋などやっているならもっとがさつな荒くれ者であってもおかしくないだろうに、あの兄弟はいい意味で予想を裏切っていた。
(ハーディスが紹介してくるくらいなのだから、貴族たちにも少しはその名を知られた存在だということだ。身なりやふるまいに気を配り、裕福な顧客たちに不快感を抱かせないように、気をつけているのだろうな)
より多くの金を稼ごうと思ったら、やはり貴族や裕福な商人など、金持ちの顧客をつかまえる必要がある。そういった相手に門前払いされるようでは困るから、見苦しくないように気を配り、ほかの情報屋との差別化を図っているのだろう。
ハーディスの話しぶりでは青年と少年というふたりの組み合わせも意外に効果的なようだ。彼らに調査を頼んで正解だったと思えるような成果を上げてほしいものだと思う。
そんなことをとりとめなく考えながら紅茶を飲んでいると、「そういえば」とローレンスがまた口をひらいた。
「おまえの妹のレディ・エレナは、まだ公爵領の本邸のほうにご滞在なのかい?」
「ああ。兄の喪が明けるまではあちらにいると言っていた。こちらに戻ってくるのは8月だと聞いている」
「そうか。美しくほがらかな彼女がいないと王都の社交界も華やかさに欠けるな。おまえだって寂しいだろう。昔は、ずいぶんと慕われていたよな。いつだったか、夏と冬の休暇で帰省するたびにずっとまとわりつかれていると嬉しそうにこぼしていたじゃないか」
「……それはエレナが子供の頃の話だからな。今は……どうだろう」
軍に入る前は、たしかにエレナはティリアンにやたらと懐き、慕ってくれていた。だが、10年ぶりに帰還したあとは……とにかく忙しすぎて、ろくに妹と向き合う暇がなかった。
10歳の子供だったエレナがすっかり大人の淑女になっていたことに戸惑う気持ちもあったし、あちらのほうも、10年前とは明らかに雰囲気の違う兄とどう接していいか分からないと思っているのが感じ取れた。
以前にはなかった微妙な隔たりが、今のふたりのあいだには存在している。そのせいでお互いが遠慮し合い、相手に踏み込めない、そんな感じだった。だがそれを目の前のローレンスに言ったところで、理解してはもらえないだろう。
「おまえと違ってレディ・エレナは社交界を楽しんでいるようだったから、戻ってこられたらきっとまたあちこちの夜会に出席されるんだろうな」
「そうだろうな」
「去年まではパーセル卿にエスコートされていたが、今年からはおまえが付き添うことになるのか?」
「なるべくなら今後ともハーディスに押しつけたい」
「無理だと思うぞ。おまえは期待されているとさっきも言ったじゃないか」
にやにやとした笑いを隠しもせずにローレンスは言い、紅茶を飲み干した。
「今のおまえを見たことのある者はそう多くはないが、寄宿学校時代のおまえは有名だったからな。おまえが爵位を継いで以来、当時の評判が持ち出されるようになってきている」
「……なんだ、それは」
「新しいリールズ公爵ティリアン・アースターは、寄宿学校時代には学年首席の地位を一度も譲らず、一方で剣術や体術にも優れ喧嘩が強いので有名だった、監督生に選ばれるほどの人望もあり、しかも外見も極上、まさに非の打ちどころのない少年だったとな」
「褒めすぎだ。だいたい、同じ監督生だったおまえが何を言っている。少なくとも人望という点では、おまえが圧倒的だったくせに」
今と変わらず人付き合いの悪かったティリアンと違い、ローレンスは上級生には可愛がられ、同級生とは分け隔てなく親しくなり、下級生からは面倒見のよさで慕われるという稀有な生徒だった。
上級生になったときにはローレンスとふたりで監督生を務めたけれど、自分はローレンスのおまけでしかなかったとつくづく思う。
服喪期間は、本来なら亡くなった人物が両親か配偶者かきょうだいかなどによっても違い、また男女によって課される期間に差があったりもするのですが、ここでは半年間で統一してあります。
服喪期間中は社交行事への参加をつつしみ、華美な衣装は避けて喪服や半喪服を身につけます。




