友人の訪問 1
年度初めの忙しさが多少落ち着いたので、しばらく朝と夜の2回更新にさせていただきます。
「ティリアン様、ハートフォード卿がおいでです」
「ローレンスが? そうか。いったんここに通せ。それから一緒に上の書斎へ行く」
「かしこまりました」
貴族院の召集がない日、ティリアンはほとんど公爵邸の執務室にこもって公爵としての仕事に明け暮れている。今日もそうやって領地の帳簿や管財人からの報告書を執務室の机に広げていたら、旧友の訪れを知らされた。
ティリアンは帳簿を閉じ、報告書を机の引き出しにしまうと立ち上がった。執務室は基本的には仕事をする場所だから、友人との歓談にはあまり向かない。書斎のほうがローレンスも落ち着くだろう。
「やあ、アースター。お邪魔だったかな?」
「いや、ちょうど書類仕事に疲れてきたところだった。いい気分転換になる」
人懐こい笑みを浮かべながら入ってきた紳士は、アディントン侯爵家の長男であるオリヴァー・ローレンスだ。現在は侯爵の後継ぎとして儀礼称号であるハートフォード伯爵とも呼ばれているが、ティリアンは寄宿学校時代からの習慣でずっと彼のことをローレンスと呼んでいる。彼のほうも同じように、ティリアンがリールズ公爵となってからも、リールズではなくアースターと呼ぶ。
ローレンスは戦地に行ったティリアンにもずっと手紙をくれていた数少ない友人のひとりで、爵位を継ぐために戻ってきてからは、こうしてたまに屋敷にも訪ねてきてくれるのだった。
「2階の書斎へ行こう。今日は何か用か?」
「いや、おまえの顔を見に来ただけだ」
「暇なのか、おまえは」
「まあ、そっちよりは暇だろうな。父上が健在であることに感謝だよ」
気安く言葉を交わしながら廊下を歩き、階段をのぼって書斎へ行く。すでに書斎は蝋燭がともされ明るくなっていた。ティリアンは友人とともに書斎に入り、腰をおろすと、目の前の友人をなんとなく見つめた。
ローレンスは身分だけでなく外見にも恵まれた男だ。甘く整った顔立ちにすらりとした長身、そして人好きのする態度。ハーディスに聞いたところでは、社交界で最も人気のある花婿候補なのだという。
少し癖のある焦げ茶色の髪は、少年の頃はもう少し癖がきつくて、巻き毛に近い状態だった。きっと小さいときは本当にくるくると巻き毛になっていて、さぞかし可愛らしい、天使のような見た目の子供だったことだろう。
令嬢たちをおおいに騒がせているであろう明るい緑色の瞳は、今はまっすぐにこちらに向けられている。その瞳がふっとなごんだ。
「相変わらず忙しそうだが、ヤマは越えたみたいだな?」
「まあな。爵位を継いでしばらくのことを思えば、最近はだいぶましになった」
「それは何よりだ。本当に大変そうだったからな……」
「……まあな」
同情に満ちたローレンスの視線にティリアンは肩をすくめた。
兄の急死により、ティリアンは思ってもみなかった立場につかざるを得なかった。爵位継承にともなう諸々の手続きや、本領を含めて4か所ある領地の実情の把握も大変だったし、貴族院の議席を継承したことによって就任演説を行う権利を与えられ、取り組みたい案件があったティリアンは演説を行うことを希望したから、その準備にも忙殺された。
そのいっぽうで陸軍省のかつての上司からハーディスについての調査まで依頼された。その件は結局誤解だったと分かったものの、従兄のスパイ疑惑に振り回される羽目になった身としては、あれはまったく余計な仕事だったと軍の上層部を恨みたくなる。なんだかんだで目の回るような忙しさだった数か月を経て、最近ようやく少し落ち着いてきたのだ。
「少しでも余裕が出てきたのならよかった。10年ぶりの王都にもだいぶ慣れたことだろうな」
「あまり出歩いていないから、慣れたと言えるかどうか」
肩をすくめたティリアンに、ローレンスは穏やかな笑みを向ける。
「半年間の服喪期間が明ければ、山ほど招待状が届くぞ。嫌でも出歩くようになるさ」
「夜会だの舞踏会だのの招待状か? そういうものには興味がないのだが」
「おまえのほうにはなくても、招待するほうにはあるのさ。社交界の人々は皆、新しいリールズ公爵に興味津々だからな」
「……考えただけでうんざりする」
げっそりした気分になったティリアンにローレンスが吹き出した。屈託のない明るい笑顔は、寄宿学校時代そのままだ。
この作品の舞台となるディエリアの国の貴族制度は、おおまかなところはイギリスの制度に準じています。
爵位名は家名とは異なり、領地の名を冠してつけられるものとなります。
高位貴族はたいてい複数の爵位を有しており、そのうち最も高い爵位のみを名乗ります。確定相続人(普通は長男)はそれ以外の爵位のうち最も高いものを儀礼称号として名乗ります。




