調査を開始する 4
あらためてじっくり見てみると、店の中は思ったよりも広く、呑気な子供たちならかくれんぼでもして楽しく遊べそうだった。もっともルーシェリアはかくれんぼで遊んだことはない。リドリーに拾われる前、まだ孤児院にいたとき、年上の子たちが遊んでいるのを見ていた記憶がうっすらと残っているだけだ。
親に守られていない子供にとって、貧民街での毎日は悪い大人に食い物にされないように逃げ回る命がけのかくれんぼとでもいうような生活なので、わざわざかくれんぼをして遊びたいとは思わなかったというのが正直なところだった。
少しでも金目のものはカウンターの向こうにしまわれているだろうから、店に並んで、というより積まれているのはさほどの価値はないものばかりだ。それでも、昔はどこかそれなりの家の壁を飾っていたのであろう、年若い女性の肖像画や、小さな壁掛け鏡――曇っているうえに埃だらけ、しかも薄暗い中とあって、ほとんど何も映さないしろものではあったが――、風変わりな花柄の古ぼけた茶器のセットなど、なかなか想像力をかきたてられるものもたくさんあって、ルーシェリアはおもしろく見て回った。
「ルーシェ、おいで」
しばらくしてリーサの声がかかり、ルーシェリアはカウンターに戻った。紅茶のカップとパイらしきものが載せられた皿がカウンターに並んでいる。
「ちょうど今日、パイを焼いたんだ。よかったらおあがり」
「ありがとう! いただきます!」
ルーシェリアはほくほくしながら椅子に座り、さっそく紅茶に手を伸ばした。ふうふうとよく冷ましてからそっと口をつける。ティリアンのところで飲んだものとは比べるべくもないが、リドリーの家で出てくるよりはよほどおいしい紅茶だった。
貧民街に住む普通の住人にとっては、ちゃんとした茶葉など高すぎて買えるものではなく、貴族の屋敷で一度使われたものを買い集めて回る商人から購入した茶葉で淹れたお茶しか飲めないものだ。だが、リーサはシドから十分に面倒を見てもらっているのだろう、高いものではなくてもちゃんとした茶葉を買ってそれを淹れているようだ。
「おいしいお茶だね」
「そうだろう。さあ、パイもお食べ」
うん、と元気よくうなずいたルーシェリアはパイを手に持ってかぶりついた。さっくりと焼けたパイ生地の中に、卵と細かく刻んだ野菜と、少し挽肉も混ぜ合わせたものが焼きこまれている。絶妙な塩気がなんとも美味で、ルーシェリアは夢中で一切れをぺろりと平らげてしまった。
「……あ」
さすがに行儀が悪かったかと、上目遣いでそっとリーサを見てみると、リーサはにこにこと笑いながらルーシェリアを見ていた。
「いい食べっぷりだねえ。おいしかったかい?」
「すごくおいしかったよ! リーサさん、お料理上手なんだね! ありがとう、ほんとに」
満足したルーシェリアはまたひと口紅茶を飲んだ。
「なんだかごはんを食べに来ただけみたいで悪いなあ。そうだリーサさん、何か分かったことがないか、1週間ほどしたらまた聞きに来るから、そのとき、ちょっと店の中を掃除しようか?」
「……掃除、かい」
意外なことを言われたとばかりにリーサは目をしばたたいた。
「たしかに、最近は店の掃除が億劫でねえ……少しでも、やってもらえたらありがたいけど、いいのかい?」
「いいよ。ただ夜に掃除はできないから、やるんなら昼間に来させてもらうしかないけど。それはいいの?」
「まあ、たまにはいいだろう。どうせあたしの道楽でやってるようなものだからね」
そう言ってリーサはにやりと笑った。実際のところは、シドのところに集まってきたあやしげな品を水面下で売りさばく、どう考えても道楽どころではない店のはずだが、それを指摘するのは野暮というものだろう。
「じゃあ1週間後の昼過ぎにまた来るね。たいしたことはできないけど、目につくところだけでもちょっと掃除するからさ」
「悪いね。またパイでも焼いておくよ」
「それでまた僕がパイを食べてたら、いつまでたっても僕のお礼が終わらないじゃないか。こうやっておしゃべりしてくれたらそれでじゅうぶんだよ」
ルーシェリアは笑い、紅茶を飲み干して立ち上がった。
「おいしいお茶とパイをごちそうさま、リーサさん。また来週ね」
「ああ。気をつけてお帰り」
リーサは店の出入り口までルーシェリアを見送ってくれた。扉を開けて外に出て、リーサに手を振ってから歩き出す。
裏の酒場からだろう、にぎやかに騒ぐ声が聞こえてくる。マドロン地区にもいくつか酒場があるから、ここがランドール殺害の現場でないのは知っているが、それでもこんな場所に高位の貴族が足を踏み入れるとは思えない。いったい彼に何があり、彼はなぜこの地区を訪れたのか。
(公爵様が知りたがっている答えを、僕たちが探し出せるといいんだけど)
そう思いながら、ルーシェリアは家路についた。




