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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第3章 盛夏

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図書室での出来事 4

「そういえば君が落ちた原因はこの本だったな」


「落としてしまって本当にごめんなさい。傷んでないかな……?」


 本を渡されたのでざっと確認する。幸いどこにも損傷はなく、そう言うとルーシェは安心したように微笑んだ。


 さっき慌ててかぶり直したせいか、あるいはもう既に顔を見られてしまった後だからと思っているせいか、ルーシェの帽子のかぶり方がさっきよりも浅いので、いつもよりも表情がよく見える。

 こんなにもくるくると表情が変わる子だったのか、とティリアンはあらためてルーシェを見つめた。視線が合い、少し赤くなったルーシェが目を()らす。


「……あんまりじろじろ見ないでほしいんだけど」


「いや、すまない。ちょっと新鮮で」


「謝らなくていいからこっち見るなってば」


 ルーシェがいつになく動揺している様子なのがおもしろくて、見るなと言われてもつい目が吸い寄せられてしまう。

 こちらをうかがうようにそっと向けられた青い瞳とまた視線がぶつかって、ルーシェはとうとう「だから、見ないでほしいって言ってるのに!」と怒り出した。たまらずにくっくっと笑い出してしまい、ルーシェに睨まれる。


「もう! だいたい、公爵様だって、もし貧民街に生まれてたら、僕と同じことをするはめに(おちい)ってたくせに!」


「……どういうことだ?」


 意味が分からず問い返したティリアンに、ルーシェはつけつけと「公爵様だって見た目は極上なんだから、きっと子供のころはすごく可愛(かわい)くて、悪い奴らに狙われるくらい綺麗だったと思うよ。だから絶対、目をつけられないように必死に隠れていたに違いないんだ。僕を笑う資格はないと思う!」と言い放った。言われたことを少し考えて、思わず突っ込んでしまう。


「……ルーシェ、それは単に、私の外見を褒めてくれているだけなのではないか?」


「……」


 自分の言葉を反芻(はんすう)したらしいルーシェは次の瞬間真っ赤になり、「もう帰る!」と宣言した。笑いをかみ殺しながら呼び鈴を鳴らして従僕(じゅうぼく)を呼ぶ。


「もうすぐ案内の者が来るから、少しだけ待っていてくれ」


「……うん」


 ルーシェは視線を合わせずにうなずいた。つかのま、ふたりのあいだにしんと沈黙が落ちる。ティリアンは、居心地悪そうに突っ立っているルーシェのそばに近寄って、帽子のつばに手をかけて引き下げてやった。


「ほら。顔はしっかり隠しておくのだろう?」


「……」


 ふい、と顔を逸らしたルーシェは、扉を叩く音がするとはじかれたようにそちらへと歩き出した。扉を開けたところで立ち止まり、ティリアンを振り返る。


「……今日は、本を見せてくれて、本当にありがとう。嬉しかった」


 視線を逸らしたまま、それでも丁寧にそう言うと、今度こそルーシェは足早に出ていった。部屋にはティリアンと手の中の本だけが残される。


「この本の続きはまた今度、か」


 ティリアンは微笑みながら机の上にその本を置いた。どうやら本が大好きなようだから、またそのうちにここへ入れてやろうと思う。


(それにしても、さっきは驚いたな……)


 さきほどの出来事を思い出して、口もとに浮かんでいた笑みが自嘲を含んだものになる。


 ルーシェがあれほど綺麗な顔立ちをした少年だったとは、これまでまったく気がつかなかった。大きすぎる帽子とぼさぼさの長い前髪で顔の上半分がほぼ隠れていたのが最大の理由だろうが、こちらが相手を見る目が曇っていたことも一因だと反省する。


 自分は結局、彼のうわべしか見ていなかったのだ。『南街区で兄と一緒に情報屋の仕事をしている14歳の少年』という、手に入れていた情報だけで相手を知ったつもりになり、それ以上のものを見出そうとは思ってもいなかった。

 いやむしろ、ルーシェが望んでいたようにしか彼を見ていなかったと言うべきだろうか。ほかの者たちと同様、まんまとあの兄弟の術中にはまっていたわけだ。


「私も、まだまだだな」


 自戒を含めてそう口にして、ティリアンは図書室を出た。


 もともと、他者に対してそれほど興味を抱くたちではない。他人の美醜も特に気にならない。だから別にルーシェの美貌に特別な関心を持ったわけではないが、あれだけ完璧な偽装をやりおおせているルーシェという少年そのものに興味が募ってきたのは事実だった。


(きっと頭のいい子なのだろう。あの年にしては如才ないものだ)


 自分が他人に与えたい印象だけを、その通りに相手に植えつける。簡単そうに見えて実はそれほどたやすくはないことだ。だがルーシェはそれをみごとにやってのけている。


 自分よりも下の立場だと見なした者に注意を払う人間は少ない。周囲の人間のそんな傲慢さをルーシェは上手に利用しながら、自分の致命的な弱点を――あの美しすぎる顔を隠し続けてきたのだろう。


 あの少年からはいろいろな刺激を受ける。貴族として生きてきた中で無意識のうちに(つちか)われてきた自分の傲慢さや配慮のなさ、無神経さなど、苦い気づきも少なくはないけれど、そのいっぽうで、彼の素直でほがらかな性格や虚飾のない言動にしばしば心を動かされるのも事実だった。


 結局のところ、自分はルーシェという少年をかなり気に入っているのだろう。

 出会い方としては最悪に近かったかもしれないが、彼のひととなりを多少なりとも知るようになった今となっては、ルーシェなら間違いなくああいう行動を取るだろうと理解できる。そして、そんなルーシェのまっすぐさを、好ましいものだと思う。

 次に会ったときはさてどんな一面を見せてくれるのかと思いつつ、ティリアンは自室へと戻っていった。


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