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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第3章 盛夏

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バリー・ギブソン卿の尾行ふたたび 1

 前回の尾行が失敗に終わったのち、リドリーとルーシェリアは慎重に再びバリー卿の見張りを続けた。夜の社交行事に出かけてもそのまま家に戻るという日々がしばらく続き、次はいつほかのところへ行くのだろうと疑問に思いかけた夜。


「……やった!」


 今夜トマスの横にいたのはルーシェリアだ。いつもと違う角で曲がったバリー卿の馬車に、ルーシェリアは小声で快哉(かいさい)を上げた。


「ようやく動いたなあ」


 手綱を取っているトマスも顔をほころばせた。小心者のトマスは、十分な金が入ってくる喜びと貴族をこっそり尾行するという後ろめたい行為に加担している気苦労との板挟みになっていた。ばれたらどうしようという恐怖がぬぐえないのだという。


 ばれたってあっちは御者と温室育ちの青年ひとりずつだし、こちらにはリドリーがいるから大丈夫だと言ってはみたものの、相手が貴族だからということだけで怖気(おじけ)づいてしまうらしい。

 たんまり金をもらえるのはありがたいが、実際のところは早くこの仕事に片をつけていつもの日常生活に戻りたいというのが本音だろう。


「さて、今夜も前のところで馬車を乗り換えるのかな」


「このままの道だとそうなりそうだ」


 ふたりで話していたとおり、バリー卿の馬車は前回とほぼ同じところで停まった。バリー卿が降りてきて、御者に何か話しかける。そして、ひとりで歩き出した。馬車のほうはがらがらと走り去っていった。


 コンコンと御者台の後ろの壁が叩かれた。ルーシェリアも同じように叩き返す。バリー卿が同じ行動を取っていると教える合図だ。

 トマスはそろそろと馬車を動かして、バリー卿のやや後ろにいったん馬車を停めた。ルーシェリアはひょいと飛び降りて、バリー卿のあとをぶらぶらとついていく。


 前回ここに来てからちょうど1週間、同じ火曜日だ。もしかしたら、毎週火曜にこういう行動をとっているのかもしれない。ひょっとして乗る辻馬車まで事前に決めているのかもしれないと思ったが、今のところそれを確かめるすべはなかった。


 先週よりも少し時間が早いせいか、前回より周囲に人が多い。立派な店構えの玄関にはランタンがいくつも煌々(こうこう)と灯され、ガラスが入った窓はみな内側からの光で輝いている。そして洒落た服を着こんだおおぜいの男女が通りを行きかっていた。こんな時間からでも歓楽街はすでに賑わっているということなのだろう。


 バリー卿の姿を見失わないよう、ルーシェリアは慎重についていったが、幸いいくらも歩かないうちに彼は足を止めた。近くに何台か停まっていた辻馬車のうちの先頭のものに近寄り、少し話してから車内に乗り込む。


「おっと、動き出した」


 ルーシェリアがトマスの馬車のほうを振り返ると、御者台のトマスの横にはもうリドリーが乗っていて、こちらをちゃんと見てくれていた。急いで駆け戻り、「あれだよ。分かるよね?」と声をかける。


「おう。おまえは乗ってろ」


 今度はルーシェリアが車内で待つ番だ。いったいどこへ行くのかとわくわくしながらルーシェリアは馬車に乗り込んだ。

 すぐに動き出した馬車の中で、置かれていた軽食を手に取る。キリアが持たせてくれていたパンだ。それをもぐもぐとかじりながら、馬車が停まるのを待ち構える。


 しかし、馬車は一向に停まる気配がなかった。それこそ南街区にでも入ってしまいそうなほどに。まさかバリー卿はそこに行くつもりなのだろうか。

 その予想を裏付けるように、やがて馬車の車輪が立てる音も伝わってくる感触も変わった。石畳が敷かれた中央街区の街路から、まともに舗装されていない南街区の道に変わったということだ。

 わくわくがやきもきに変わったころ、ようやく馬車のスピードが弱まった。やがて馬車が停まる。ルーシェリアはそっと外をうかがった。少しだけ扉を開け、「リドリー、そっち行っていい?」と聞く。


「ああ。もう降りていいぞ」


 ルーシェリアは馬車を降りて――目を見開いた。今夜は月も出ていて、あたりの様子が夜でも少しは見えるのだ。見覚えのあるごみごみした雰囲気、雑然とした周囲の建物。舗装されていない道路。南街区だ。


「しかもここ、マドロン地区の近く……!?」


「ああ。マドロン地区を通り抜けてちょっと走ったあたりだ」


 御者台に近づき、リドリーを見上げる。リドリーはひょいと降りてきて、ルーシェリアの頭をぽんと叩いた。


「バリー卿の馬車はどこ?」


「驚いたことに、マドロン地区に入って少し行ったあたりで停まった。さすがにあんなところでは、あっちが停まったからって、こっちまで同じところに停めるわけにはいかない。一発でばれちまうしな。かといって近くに停めるって言っても、夜のマドロン地区に馬車で乗り込んでそこで降りるなんて目立つことをしたくない。とりあえず通り抜けてここまで来た」


「そっか……バリー卿、マドロン地区に来ていたんだ」


 それは衝撃の事実だった。あのいかにものんきそうな青年貴族のバリー卿が、まさかマドロン地区に関わりを持っているなんて、いったい誰が思うだろう。


「ああ。バリー卿、なんだってあんなところに……」


 リドリーは厳しい顔をしていた。横ではトマスが落ち着かない様子であたりをきょろきょろと見回している。早くマドロン地区のそばから離れたいのだろう。気持ちはすごくよく分かる。こんなところでごろつきどもに集団で囲まれたらなすすべがない。


「今夜のところはここまでだな。トマス、悪いが雄羊亭の近くまでやってくれないか」


「ああ。じゃあルーシェはまた後ろに乗ってくんな」


 マドロン地区の中ほど危険ではないとはいえ、このあたりも治安の悪い地域であることに変わりはない。早くこのあたりから立ち去りたいと焦るトマスにせかせかと手を振られ、ルーシェリアは急いで車内に戻って扉を閉めた。すぐに馬車が動き出す。


(これはまた、リドリーと作戦会議だな。彼がマドロン地区に出入りしているというのはすごく大きな情報だけど、そこで何をしているのかを次に調べないと)


 よそ者にとってマドロン地区はあまりに危険だ。そんな地区の中でのバリー卿の行動を調べるのはなかなか難しそうだった。ルーシェリアはため息をつき、どうすればいいか考えを巡らせ始めた。

 しばらくして馬車がまた停まる。雄羊亭についたらしい。


ルーシェリアがぴょんと降りてくると、リドリーもすでに御者台から降りていた。


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