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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第3章 盛夏

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ルーシェと馬に乗る 5

 興味深そうにテンペストを見守っているルーシェの何気ないひとことに、ティリアンはまた胸を()かれた。

 草を食べられたらいいなどと願ったのは、きっとそのときのルーシェがよほどひもじい思いをしていたからなのだろう。食べるものにも事欠くような環境で、兄とふたり、身を寄せ合って暮らしてきたのだ。


 ティリアンには想像もつかないようなつらいことも多かっただろうに、ルーシェはそういう苦労を表に出すことはしない。楽しそうに笑い、ときに悪戯(いたずら)っぽく微笑み、そして喜びに遭遇したときは嬉しさを全身で表す。そう、今日の乗馬のように。


 ティリアンはあらためて目の前の少年を見つめた。思いがけず関わり合うことになった、風変わりな南街区の少年を。

 最初はただ仕事の話をするだけだったのに、いつの間にかこうして一緒に時間を過ごすようにまでなっている。それがまったく気詰まりでないどころか、ルーシェと過ごすひとときを楽しんでいる自分が不思議だった。


「どうしたの?」


 じっとティリアンに見られているのに気づいたルーシェが首をかしげた。


「いや……しばらく座らないか。初めての乗馬は疲れただろう」


「うーん、疲れた気はしないけど、とりあえず座るのにやぶさかではないよ」


ティリアンが腰を下ろすと、少し離れたところにルーシェも座り込んだ。大きく伸びをして、気持ちよさそうにため息をつく。


「ここ、すてきなところだね。誰でも入っていいの?」


「もちろんだ。ゆっくりできるだろう?」


「僕らの商売にゆっくりする暇なんてないけどさ、でも公爵様の言いたいことは分かる。あっちとは違う時間が流れてるみたいだ」


「うまいたとえだな。そういうことが言いたかったのだ。ここに来るとのんびりできる」


 屋敷にいるとやるべきことにひたすら追われてしまうが、ここに来ると息がつけるような気がするのだと付け加えると、なるほどね、とルーシェは笑った。


「公爵様は真面目だから、目の前にやるべき仕事があると、それをやらずにいられないんだろうね。そういう環境から離れて初めてゆっくりできるってことか」


「……そういうことかもしれないな」


 反論できずに苦笑する。ルーシェはそんなティリアンを見てまた笑い、それから、なんと身体をぱたりと倒して仰向(あおむ)けに寝ころんだ。


「ルーシェ、どうした?」


「ちょっと寝ころんでみようかと思って。気持ちいいよ」


 ルーシェは両手を頭の後ろで組んで枕にしつつ、のんびりと空を見上げている。いかにも気持ちよそさそうだ。


「石畳や土の上なんかと違って、草の上っていいね。なんか青っぽいいいにおいがして、柔らかくて」


 ティリアンが南街区に足を踏み入れたのは、ルーシェと待ち合わせをした初対面のときだけだ。そういう乏しいことこのうえない知識であっても、こんな場所が南街区にないであろうことは容易に見当がついた。


「草の上に寝ころがれるような場所に来たのは初めてか?」


「うん。ありがとう、公爵様。素敵なところに連れてきてくれて」


 ルーシェはひなたぼっこをする猫よろしく日光と草のしとねを楽しんでいるようだ。可愛いな、とつい笑みがこぼれる。

 リドリーに守られて育ってきたせいも大きいのだろうが、ルーシェには、どこか純粋で無垢なところがあって、その素直さがとても微笑ましかった。貴族社会に生きる者たちからは感じたことのない感覚だ。


 さわやかな風がときおり吹きすぎる。木漏れ日がちらちらと差し込み、あたりを気まぐれなまだら模様に染めていた。ティリアンもルーシェも同じ模様になっていて、ルーシェはそんなことにも他愛なくころころと笑い、ティリアンの頬をゆるませた。

 のんびりとした、心地よいひととき。これほどくつろいだ時間を過ごしたのはいつぶりだろうか。


 そろそろ戻らないとな、と腰を上げたとき、ルーシェは残念そうだったが、ティリアンも同じくらい残念だった。この穏やかな時間が終わってしまうのが惜しいと思ってしまう自分に気づく。


「さらば別世界……また逢う日まで」


 ルーシェが名残惜しげに立ち上がり、へんてこな文句を口にする。つい笑ってしまい、そして……つい口が勝手に動いた。


「そんなに気に入ったのなら、また連れてきてやるから」


「……ほんと!? ありがとう、公爵様!」


 ルーシェが本当に嬉しそうに笑った。その笑い声を聞いた瞬間、ティリアンは、なぜルーシェの笑顔や笑い声にこれほど惹きつけられるのかが分かった気がした。

 きっとそれは、彼の笑顔には虚飾や(こび)というものが含まれていないからだ。嬉しいから微笑み、楽しいから笑う。社交界の貴族たちの礼儀としての笑顔やうわべだけの笑い、下心が透けて見える思わせぶりな微笑とは違う、真実の感情だけをのせたものだから、こちらも素直にそれを受け取れるのだ。なんとなく新たな知見を得られたような気持ちになって、ティリアンはルーシェをじっと見つめた。


「……な、なに」


「いや……君の素直さにときどき癒やされるなと思って」


 ルーシェの率直さがうつったのか、つい正直な感想を口にしてしまう。ルーシェは驚いたように動きを止め、ちょっとどぎまぎしたようだったが、それをごまかすようにふふんと胸を張ってみせた。


「僕はいつも素直でいい子だからね。どんどん癒やされるといいよ」


「……どんどん癒やされる……言葉がおかしくないか」


「そう? 言いたいことは伝わるでしょ」


 そんなことを言い合いながらルーシェを抱き上げて馬に乗せてやり、自分もその後ろに乗る。思いがけず楽しい遠乗りになったことに心の中で苦笑しつつ、ティリアンはルーシェとふたりで公爵邸へと戻っていった。



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