ルーシェと馬に乗る 3
「ああ、馬は本来、またがって乗るものだ」
「そうやって乗る方が絶対安定するよね、普通」
「ああ」
「じゃあ、なんであの人は、あんなふうに乗ってるの?」
「……女性だから、だな」
そうとしか言いようがなくてそう言ったら、ルーシェは首をかしげた。
「なんで女性だとそうなるの?」
「……女性がこうしてまたがって馬に乗ることは、はしたないとみなされがちだ。足を開かねばならないから。だからではないか」
「どう考えても、馬に横向きに乗るって不自然でしょ。身体をぐいっとひねって前を見なきゃいけないし、体勢だって安定しないし。危ないと思うけど、危ないことよりもはしたないことのほうが困るの?」
「……まあ、そうとされているのだろうな」
あらためてそう聞かれると、たしかに不合理だと認めざるを得ない。あいまいな返答になってしまったティリアンに、ルーシェは皮肉っぽく笑った。
「男の人は特に困らないから、何とも思わないんだろうけど、あんなの嫌だって思ってる女の人は多いんじゃないかな。普通にまたがって乗りたいって」
「……そうかもしれないが……」
「まあ、僕には関係ないけどね」
肩をすくめてそう言うと、ルーシェは振り返って笑った。
「もう少しだけ、速くしてみてくれない?」
「……ああ」
足に少し力を入れて腹を締めつけ、軽く手綱を動かして速足にする。ルーシェが驚いたように「少し揺れ方が変わるね」と言った。
「ああ。馬場に着いたらもう少し速くしてみるか」
「うん!」
しばらく走らせると馬場に着いた。そこは二重の木の柵で周りと隔てられており、馬を走らせても安全なように設計されている。ぐるりと大きな楕円形を描くようなコースだ。何頭かの馬が乗り手を乗せて気持ちよさそうに走っていた。
「着いたぞ。ゆっくり走らせてみるから、怖くなったり、どこかが痛くなったりしたら、必ずすぐに言ってくれ。特に怖いときはすぐに言え」
「なんで?」
「馬は乗り手の感情を敏感に察知する。君が動揺すると馬にも分かる」
「へええ……賢いんだね、テンペストは」
ルーシェはすっかり感心したようにそう言うと手を伸ばし、テンペストのたてがみを撫でた。
「ちゃんと言うから大丈夫だよ」
「分かった。では行くぞ」
ティリアンはゆっくりとテンペストを駆けさせた。もっと速く走りたそうなテンペストを制して、ルーシェが怖がらないように様子をうかがいながら手綱をあやつる。
ルーシェはまったく怖がるそぶりも見せず、むしろ楽しくてたまらないといった様子で笑い声をあげた。
「すごい! 速いね!」
(ああ、またあのきらきらした笑い声だ)
ルーシェの笑い声はまるで金色の光の粒を撒き散らすかのようで、それを聞いていると、その光の粒が自分の身体に飛び込んでくるような気持ちになる。そして飛び込んできたその光の粒が身体の中でほんのりとあたたかく光るのだ。冷えた心がじわりとあたたかくなるような、そんな錯覚さえ覚える。
「怖くないか?」
「全然! すごく楽しい!」
ルーシェの声にも興奮が現れていた。もう少し速くしてもだいじょうぶかと判断してさらに速く走らせると、ルーシェは飛び跳ねんばかりの勢いで喜んだ。しばらく走らせたところでいったん速度を落とし、ゆっくりと歩かせる。
「楽しかったか?」
「うん、最高に楽しかったよ! こんなにどきどきして楽しかったのは初めてだ。ありがとう、公爵様!」
後ろを振り向き、前髪の下できらきらと瞳を輝かせながらルーシェは丁寧に礼を述べた。こういうところも律儀だなと微笑ましく思う。リドリーがきっちりとしつけているのだろう。情報屋などという稼業は、ひとに悪印象を持たれたらやっていけない仕事のはずだから。
「ねえ公爵様、もしできたらでいいんだけど、どこかで僕を降ろしてくれない? そして、テンペストが力いっぱい走るところを見てみたいんだけど、無理かな?」
「無理ではないが……どうしてだ?」
「僕、街中でしか馬を見ないから、まともに走ってる姿を見たことがないんだ。テンペストが走るところを見てみたいって思って。もちろん、難しいならいいけど」
「難しくはない。ちょっと待て」
馬が走っている姿は確かに美しい。それを見たいと思うのも馬が好きなら当然だろう。ルーシェの願いはよく理解できたので、ティリアンはテンペストを歩かせて馬場の端まで行った。
「その柵の外にいれば大丈夫だ。降りられるか?」
「うん、だいじょうぶ」
言葉のとおり、ルーシェはいったん片側に両足をそろえると、鞍からぴょんと身軽に飛び降りた。いったん柵の上に降りてまたそこを軽く蹴り、地面にすとっと降りる。ティリアンは片眉を上げた。
「ずいぶんと身軽なのだな」
「よく言われるよ。木登りとかも得意なんだ。塀の上や屋根の上に乗って歩くのもね」
にやっとルーシェが笑ってみせる。その特技を何に使うのやら、とティリアンも苦笑した。




