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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第3章 盛夏

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ルーシェと馬に乗る 2

「すまない、力の加減を間違えたようだ」


「だいじょうぶ。公爵様こそ、痛くなかった?」


「……大丈夫だ」


 こんな華奢(きゃしゃ)な少年にちょっとぶつかられたところで痛いわけがない。ティリアンは苦笑しながら鞍の前部にルーシェをまたがらせ、姿勢を整えさせた。「怖くないか?」と念のために尋ねたが、予想通り、ルーシェからは「ちっとも!」と(はず)むような答えが返ってきた。


「すごく高いんだね」


「そうだな。では行くか。ゆっくり歩くから、もし怖かったら正直に言いなさい」


 小柄なルーシェなら前に乗せてもそれほど邪魔ではない。鞍の先に手を置いてつかまっているように言ったあと、ティリアンは手綱を少しきつめに持ち、軽く合図して歩き出させた。テンペストがゆっくりと歩き出す。


「ぼうず、楽しんでこいよ」


 ロジャーがルーシェに手を振る。ルーシェも手を振り返し、「行ってくるね!」と笑った。門を抜け、街路に出る。ルーシェはきょろきょろと左右を見回した。


「すごいね、歩くときと全然視点が違う」


「だいぶ高いだろうな」


 後ろにいるから顔は見えないが、それでもルーシェの全身からわくわくしている楽しそうな様子はじゅうぶんに感じ取れた。


「馬のふたり乗りって、よくあるの?」


「いや、基本的にはないな。当然ながら重くなるほど馬には負担になる。そもそも鞍もふたり用に設計されているわけではないから」


「そっか……僕が乗っても、大丈夫だった?」


心配そうにルーシェが振り向いた。負担になると聞いて心配になったようだ。


「君は軽いし、テンペストは大きくて力も強い馬だから大丈夫だ。ただ、小柄な馬に大人の男がふたり乗りするのは無理だろうが」


「だったらよかった」


「ああ。テンペストは君くらい乗せたってなんともない。安心して楽しめばいい」


「……ありがとう、公爵様」


 ルーシェが本当に嬉しそうに微笑んで礼を言った。帽子のせいで顔の上半分はまったく見えないのだが、唇がほころんで笑顔になっているのはよく見えた。そこだけ見るとまるで女の子のようだ。


「ああ。いささか揺れるが、大丈夫か?」


「うん、大丈夫。むしろ思ったより揺れないね。もっと揺れるものだと思ってた」


「ゆっくり歩かせているからな。それに、前のほうが揺れにくい」


 慣れないとすぐに尻が痛くなったりするものだが、今のところルーシェは大丈夫なようだった。これならもう少し速く歩かせてもいけそうだな、と判断し、少しだけ速度を速める。それでもティリアンがふだん街なかで歩かせる速さよりは遅いのだが、初めて乗るルーシェにはこれくらいで十分だろう。


「……うわあ」


 ルーシェが歓声を上げた。


「すごいね、公爵様! 速い!」


「これくらいの速度を速いとは言わないぞ、普通」


「そうなの? でも馬車より速いよ?」


「馬車が遅いのだ」


 テンペストに乗りながら誰かと会話をするというのは妙な気分だった。いつもひとりで乗っているからだ。けれどたまにはいいものかもしれないな、と思う。余計なことを考えずにすむ。


「もし君が平気そうなら、このまま公園まで行こうか。そこならもっと速く走らせられる」


「えっ、いいの!? 行ってみたい!」


 ルーシェはばっと振り返り、顔を輝かせた。


「ああ。では行ってみよう。東の方へ行ったことは?」


「ないよ。用事がないからね」


「では初めてなのだな。なかなか綺麗なところだぞ。緑が多くて」


 ティリアンは速すぎないよう気をつけつつ、東へとテンペストを歩かせた。それでも少しずつ速くなっているが、今のところルーシェは怖がる気配もない。


 やがて前方にこんもりと生い茂る木々が見えてきた。王都で一番広い公園だ。小さな林のようになっている場所のほか、池や小川もあり、人々の憩いの場となっている。


「着いたぞ」


「へえ……ここが公園? すっきりした場所だね。建物が全然ない。王都じゃないみたい」


 見回したルーシェが感嘆の声を漏らした。確かに、うらぶれた建物がごみごみとたてこんだ南街区や、建物も人もあふれているような中央街区とは、まったく別世界のような場所だと言えるだろう。ティリアンはそのままテンペストを歩かせて馬場のほうへ向かった。


「綺麗だね。空気もなんだかおいしい気がする」


「緑が多くて人が少ないせいだろうな」


「公爵様はここへはよく来るの?」


「ああ。王都ではテンペストを駆けさせられる場所はここしかないから」


 今も、ティリアンのように馬を走らせに来る者がちらほら見受けられる。ほら、と彼らの姿を示すと、ルーシェは納得したようにうなずいた。


「ほんとだ。あれ、女の人もいるね」


小粋な帽子をかぶり、乗馬ドレスに身を包んだ淑女が向こうのほうを通り過ぎていった。


「なんか、横向きに座ってる気がするけど、気のせい?」


「いや、気のせいではない。女性は横乗りをすることが多いのだ。横鞍という専用の鞍がある」


 ルーシェはしばし黙った。ややあって、慎重な口ぶりで尋ねてくる。


「公爵様、僕は馬なんて生まれて初めて乗ったから、よく分からないだけなのかもしれないけど……普通は、馬に乗るときはこうやって乗るものじゃないの?」


 ルーシェは自分の左右の足をぺちぺちと叩いてみせた。



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