バリー・ギブソン卿の尾行 3
(いったい、どこまで行くんだろう?)
さほどの速さではないけれど、しばらくは走り続けているような気がする。そのうちにようやく馬車が停まった。やっとバリー卿が目的地に着いたのだろうか。
ルーシェリアは扉を開け、ひょいと馬車を降りた。外は街灯で照らされているから中央街区の大通りのどこかだ。
「バリー卿は?」
「少し手前で馬車を降りた。尾けようか」
リドリーとルーシェリアはトマスに礼を言って別れ、歩き始めた。バリー卿はどこだろうと通りの先を見る。
もう真夜中をとうに過ぎているとはいえ、このあたりの人通りはまだまだ多くてにぎやかな感じだった。いかにもそのにぎわいに似つかわしいバリー卿の姿は簡単に見つかった。そっと近寄っていく。
バリー卿は相変わらずのんびりした様子で歩いていた。このあたりに何かお目当ての店でもあるのかと思わずあたりを見回す。このあたりは、中央街区とはいえ貴族もやってくるような娼館や賭博場がある地域だから、そういう店に行くのだろうと考えたのだ。しかし。
「……あっ!」
「え、おい」
彼の次の行動にリドリーとルーシェリアはあっけにとられ、思わず顔を見合わせてしまった。なんとバリー卿はその通りに停まっていた辻馬車に近づき、御者と何か話したかと思うとそれに乗り込んだのだ。
「やめてくれよ、どういうことだ」
リドリーが呻いた。ふたりはむなしく街路にたたずみ、バリー卿の乗った辻馬車が走り去るのを眺めることしかできなかった。
「……まさか、尾行していたのがばれちゃった……?」
「……いや、それはないと思う。彼はまったく周囲に注意を向けていなかった。あれで、本当は俺たちに気づいてたんだとしたら、よっぽどの手練れだぞ」
「……じゃあ、なんでわざわざ……?」
「わからん」
リドリーは少しだけ悔しそうな顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えたようにルーシェリアに笑いかけた。
「仕方ない、今夜はここまでだ。トマスを帰してしまったのが惜しかったが、それでも今後に向けて貴重な教訓は得た。次は馬車に乗ったまま見張ろう」
「そうだね」
ふたりで歩き出す。今夜は幸い、ほとんど歩いていないから、まったく疲れてはいない。南街区の我が家まではそれなりの距離はあるが問題なく帰れるだろう。
「もしかして、彼が行こうとしていたのは、紋章つきの馬車じゃ行きにくいところだったのかも」
ふと思いついてそう言うと、リドリーは「確かに、その可能性はある」とうなずいた。
「あるいは、親に行き先を知られたくないとか、な」
「知られたくないって……?」
「ちょっといかがわしいような地域とか、隠れて囲っている愛人の家とかさ。屋敷の馬車だったら、御者から親にばれてしまうからな。どっちにせよ、彼は子爵家の馬車では行けないような目的地に向かったということだ。これは公爵様に報告しておいた方がいいだろうな」
「そうだね。明日にでも行ってくるよ。前に報告したのは先週だからちょうどいいかも」
ティリアンとは、何もなくても週に一度は進捗状況を報告するということになっている。行くたびにティリアンは必ずちゃんとお茶を出してくれるので、行くのがすっかり楽しみになっていた。
それに、正直に言うと、最近ティリアンとはずいぶん話がはずむようになったから、一緒にいてなんだか楽しいのだ。先週はなんと厩舎に連れていってもらって彼の愛馬であるテンペストを見せてもらった。なんて親切なんだろうと感激せずにはいられない。
(しかも、乗せてくれるって、言ってた)
本当に馬に乗れるとしたら夢のようだ。ルーシェリアにとって、馬は憧れの目で遠くから仰ぎ見るものだった。この前初めて触らせてもらえてどれほど感激したことか。
もちろんティリアンはほんの思いつきを口にしただけで、その後すっかり忘れてしまっているということも考えられるけれど、それでもそう言ってくれただけでルーシェリアは嬉しかった。
乗せてもらえるまではいかなくても、また厩舎に入れてもらえるかもしれない。それだけで十分楽しみだ。
「じゃあ、明日。報告よろしくな」
「うん」
いかにも貴族らしい物腰の裏に思いがけない優しさを隠していたティリアンと、強くて美しいテンペストにまた会える。ルーシェリアは顔をほころばせ、軽い足取りで家路をたどった。




