バリー・ギブソン卿の尾行 2
「リドリー、横、座るぞ」
「ああ。よろしく頼んだよ」
大柄なリドリーの横に座るとトマスはますます小さく見える。体格だけ見れば、まるで大人と子供のようだ。尾行はもう2度目だからトマスも慣れたようすだった。
「さて、今夜はどうだろうな。まっすぐお屋敷かな、それともどこか別のところかな」
「俺としては、せっかくこうしてつけてるんだから、別のところに行ってほしいけど」
のんびりと会話を交わすふたりに、「じゃあ、僕は中にいるね」と声をかけて、ルーシェリアはさっきまでトマスが寝ていた車内に乗り込んだ。
このあいだ乗せてもらった公爵家の馬車とは雲泥の差のただの辻馬車ではあるが、まったく文句はない。足を棒にして尾行相手についていかなくてもいいのだ。乗っているだけで尾行になるなんて、すばらしいとしか言いようがない。えへへー、とひとり笑いながら座席に腰を下ろす。
しばらく待っていると馬車ががたんと動き出した。バリー卿の馬車が出てきたのだろう。もちろんあまりにもくっついていたら怪しまれるから、少し離れて尾行を始めているはずだ。
リドリーの言う通り、今夜こそ屋敷ではなくどこか別のあやしげな場所にでも行ってほしいところだ。ティリアンに言えば調査費用は追加してくれるだろうが、それでもこんな金のかかる調査はなるべく短いほうがいい。
「といっても、公爵様の基準なら、これっぽっちのお金なんてほんとのはした金なんだろうけどな」
ティリアンにとってははした金でも、南街区の住人にとってはじゅうぶんな大金だ。げんにトマスは、リドリーからこの話を持ちかけられたとき、泣かんばかりに喜んでいた。
しばらくのあいだ半日この馬車を貸し切りにさせてほしい、その分の料金を払うと言われて、無精ひげの生えた顔をくしゃくしゃにして喜び、「リドリー、あんたは天使だ」などと馬鹿なことを言ってリドリーを絶句させていたものだ。
もともと、トマスの稼ぎは辻馬車の御者としてはあまりよくなかった。客を見込める大きな通りに馬車を止めるだけの強さと度胸が彼にないからだ。いかにも小男で若くも強くもないトマスは、南街区では生きやすいほうに分類されるたぐいの人間ではない。
そもそもリドリーとトマスが知り合うきっかけになったのは、なけなしの稼ぎを2人の悪漢に奪われそうになっていたトマスを、たまたまそこを通りがかったリドリーが助けたからだった。
小柄な初老の男から金を奪うのはたやすくても、若く大柄でいかにも敏捷そうなリドリーまで相手にするのは分が悪いと思ったのだろう、その2人組はとっとと逃げ出してゆき、トマスは助かったというわけだ。
トマスはそれ以来、リドリーに恩を感じているらしく、何か面白そうなことを耳に挟んだときはこまめに知らせてくれるようになった。
さらに今回この話を持ち込んだことで、リドリーはただの恩人から神の御使いへとさらに昇格したようだ。
そんなことをつらつらと考えながらのんびり馬車に揺られているうちに、屋敷に帰るにしては長い距離だなと気づき、ルーシェリアは思わず笑顔を浮かべた。
これは当たりだ。バリー卿は今夜、さらにどこかに行くつもりなのだ。
「さて、どこだろう」
小窓から外をのぞいてみたけれど、残念ながら外が真っ暗でほとんど何も見えない。だがそれでかえって分かることもあった。北街区や中央街区の大通りならガス灯の灯りが見えるはずだから、少なくともそこを走ってはいないということだ。いったいどこに行くのだろう。ルーシェリアの胸はわくわくとはずんだ。
(早く止まってくれないかな。いま、どのへんだろう。もう中央街区には来てるよね)
バリー卿はいったいどこへ行くのか。男が夜中に訪れる場所としてまっさきに思い浮かぶのはやはり娼館だ。あるいは、愛人でもいれば、その女性を住まわせているどこかの家かもしれない。
もちろんもっと健全に紳士クラブや賭博場(それが健全というのかどうかは分からないが)という可能性もある。早くその答えを知りたくてうずうずするルーシェリアをよそに、馬車はまだ停まらない。




