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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第3章 盛夏

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バリー・ギブソン卿の尾行 1

「……はあああ」


「おい、ため息がまた出てるぞ」


「だって、退屈なんだもん……まったくもう、早く出てこないかなあ」


「もっと落ち着いて待ってろ」


「無理……」


 ルーシェリアは退屈していた。あまりの待ち時間の長さに、である。


「なんでリドリーは平気なの」


「俺のほうが人間ができてるからだ。おまえはまだまだ未熟だな」


「うー……」


 いまふたりがひそひそと話しているのは、辻馬車の御者席だ。御者はどこかと言えば、なんと馬車の中でぐうぐう寝ている。待ち時間をまことに有効に使っていると言っていいだろう。うらやましい限りである。


「いつまで待つのかなあ、今夜は」


 バリー卿の尾行を始めて4日目、ふたりはとある屋敷の前でバリー卿が出てくるのをひたすら待っていた。

 今夜はここで夜会だか舞踏会だかが行われているらしく、バリー卿も子爵邸の馬車に乗ってここへ来ている。ルーシェリアたちも子爵邸からここまでその馬車の後をつけてここまでやってきて、そして彼が屋敷へと消えたのち、彼がまた出てくるのをひたすら待っているというわけだった。


 1日目の夜もこんなふうに別の屋敷に出かけていたバリー卿だが、その日は母親が一緒だったせいか、真夜中になる前に戻ってきていた。だが今夜は、とうに真夜中は過ぎているのに一向に出てこない。ひとりだから遅くまで遊び騒げるということなのだろう。そのせいでルーシェリアたちがさんざん待たされているのだ。


「もうじっとしてるの飽きた……」


「おまえ、ほんとにじっとしてるのが苦手だな」


 リドリーが苦笑し、ルーシェリアの頭をぽんぽんと叩く。


「尾行や待ち伏せなんて初めてでも何でもないのに、なんで今夜はこんなにうるさいんだ?」


「だって、緊張感を持ちようがないんだもの……」


 リドリーの言う通り、ルーシェリアにも調査対象を尾行したり待ち伏せしたり、じっと様子をうかがい続けたりした経験はちゃんとある。そのときはこんなにぐでぐでしてはいなかった。それは調査をしていたのが南街区だったからだ。気を抜いたら誰に何をされるか分からない南街区でぼけっとしていられるわけがない。

 それに、調査対象のほうも、たいていは警戒して歩いているから、あまりいい加減な仕事をすればすぐにこちらの存在がばれてしまう。だが、今回の調査に限っては、何とも勝手が違った。


「貴族、ほんとになんなの……馬鹿なの……?」


「……まあ、警戒心なんて持ち合わせていない貴族が多いのは確かだろうな」


 ルーシェリアとリドリーは、昨日、歩いて家を出たバリー卿を尾行してみた。昼食後すぐの外出だからたぶん紳士クラブへでも行くのだろうと思った読みは当たり、バリー卿はぶらぶら歩いて散歩を楽しむ風情でクラブへ向かっていたのだが、ルーシェリアは未だかつてこれほど警戒心を持たずに街を歩く調査相手に出会ったことがなかった。

 まわりに気を配るなど考えもしていないようすでただのんびりと歩き、ただの一度も後ろを振り返りもしない。南街区でこんな男がそんなふうに歩いていたら、50歩も歩かないうちに襲われ、身ぐるみ()がれて道路に横たわることになるだろう。


 今夜の仕事もまた、緊張感を持ちようのないものだった。

 屋敷の周りにはたくさんの馬車がずらりと並んで主人を待っていた。顔見知りの御者たちも多いのだろう、仲間うちで楽しそうに話しながら時間を潰している。

 最近になって大通りへの設置が進みつつあるガス灯のおかげで、もともと北街区の夜は真っ暗ではなく、今はそれぞれの馬車がランタンをつけているのでさらに明るい。それなりに明るいのと御者たちが大勢たむろしているのとで、このあたりは悪さをしようがないほど安全な一画だと言えた。待ちくたびれたルーシェリアの気がゆるむのも仕方のないことなのだ。


 そんな感じでぐだぐだのルーシェリアがだらけきっていたとき、ようやくバリー卿の馬車が呼ばれた。ルーシェリアはさっそく御者台から降りて、後ろの扉をとんとんと叩く。


「トマスさん、起きて」


 少し待ったが反応がなかったので、もうちょっと強めに叩き、「トマスさん、起きてよ」と再び呼んだ。今度は中からくぐもった(うな)り声のようなものが聞こえてきたので、遠慮なく扉を開ける。


「おう、ぼうず……」


「起きて。仕事だよ」


「うおーい」


 起き上がったトマスはいかにもくたびれた風情の初老の男だ。小柄で貧相な身体は夏なのになんだか寒そうで、彼を見るたびにルーシェリアはいつも濡れて寒そうなネズミみたいなおじさんだなと思ってしまう。


「よく眠れた?」


「ああ」


 トマスはぼさぼさになった白髪まじりの髪をなでつけた。年の割に残っている髪が少なく、しかも白髪が多いせいで、いっそう老けて見えている。彼はのそのそと馬車を降りてきて、御者台のリドリーに笑いかけた。


活動報告にも書きましたが、この物語をなんとか書き上げることができました。

読んでくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます!

これからはラストまで更新がんばりますので、最後までどうぞよろしくお願いいたします。

……とはいっても、まだ現時点で5分の1ほどしか進んでいないので、まだまだ先は長いのですが(-_-;)


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