ルーシェと馬 3
「ちゃっかりしているな、君は。抜け目がないというべきか、目の付け所がおもしろいというべきか、分からないが」
「嘘は言ってないよ、もちろん。リドリーは僕に不愉快な真似をするような人を好きになるわけないとか、僕の意見をけっこう重視してるんだよねとか、さりげなく言ってみただけでさ。そしたらお姉さんたちがやたらと親切にしてくれるんだ」
きっとリドリーがルーシェを可愛がっていることそのものが、女性たちに好感を与えていたこともあるのだろうな、とルーシェの話を聞いて思う。年の離れた弟を邪険にしたり人買いに売ったりせず、必死に育てて大切にしてきたリドリーなら、きっと妻や子も大切にしてくれるだろうと判断できるからだ。
それにしても、まず弟から攻略しようという女性たちも、それをちゃっかり煽って利用するルーシェも、たくましいというかなんというか……。
「そういう諺があったな……将を射んとする者はまず馬を射よ、か」
「それ、何? 何かの呪文?」
「古くからの言い回しだ。戦のとき、指揮官を倒そうと思ったら、その指揮官が乗っている馬を弓で射れば、彼は落馬するだろう? それと同じように、何かを手に入れようと思ったら、まずその何かを支えているものを手に入れるように、という意味の言葉だ」
「なるほどね。リドリーが将軍で、僕が馬か」
「そう。その女性たちは、ちゃんと戦略的見地に沿って行動していたわけだ」
それはすごいね、とルーシェがほがらかに笑った。
ルーシェはずいぶんとよく笑う子だと思う。きっと使用人たちと一緒のときも、彼はこんなふうに楽しそうにしゃべったり笑ったりして、皆をなごませているのだろう。
近所の女性たちが、将来は兄以上にもてるだろうと太鼓判を押すのも分かるような気がする。この子は……なんというか、一緒にいて楽しいのだ。まるできらきらした小さな太陽のそばにいるような気を起こさせる、不思議な少年だった。
「彼女たちがめぐらせていた深謀遠慮にぴったりの言葉だね。つくづくリドリーが引っかからなくてよかった」
「ミセス・フォートは、そういう女性ではないのか?」
「リドリーが選ぶ女性がそんなわけないだろう。キリアは本当にいい人だよ。優しくて、面倒見がよくて、誠実で……。僕もあんな奥さんが欲しいな」
「深謀遠慮を巡らせる女性に引っかからないようにな」
「公爵様のほうがよっぽど狙われそうなんだから、そっちこそ気をつけなよね」
生意気に言い返すルーシェと目が合い、ついまた笑ってしまう。
結局そんな感じでその日は調査についての話し合いよりもあらかた雑談に終わってしまった。特にルーシェが行商人に扮してギブソン邸やそのまわりの屋敷の様子をさぐるという話がおもしろく、話を聞きながらつい笑みがこぼれる。
実際のところは特に調査は進んではいないのだが、いつも調査がさくさく進むはずもなく、たまにはこういう日もあるだろう。それを残念に思っていない自分にティリアンは驚いた。たとえたいした進展はなくても、こうしてルーシェと他愛もない話をして笑い合うのが楽しいのだ。
「それじゃ、明日から辻馬車を借りてバリー卿の行く先についての調査を始めるね」
「ああ。もし金が足りなかったらまた言ってくれ。用意させるから」
「うん、ありがとね。辻馬車に払うお金次第だけどなあ……」
ルーシェは難しい顔をしてうーんとうなり、「そのときはまた頼みに来るね」と明るい笑顔を向けた。
会合が終わり、立ち上がりながらルーシェが思いついたように聞いてきた。
「……そういえば、さっき公爵様は乗馬に出かけてたってジョアンさんが言ってたけど、そうなの?」
「ああ。時々はしっかり乗ってやらないと、馬も退屈する」
「へええ……ねえ、どんな馬なの? 教えてくれない? 僕、馬が大好きなんだ」
わくわくした雰囲気になったルーシェがねだる。ティリアンは微笑んだ。
「テンペストと言って、大きな黒い牡馬だ。まだ若くて少々きかん気だが、とにかくよく走る。いい馬だ」
「ふーん……」
ルーシェはうっとりと視線を宙にさまよわせた。
「馬って、すごく綺麗な生き物だと思うんだ。見ているだけで感心してしまう。犬や猫もかわいくて好きだけど、馬は可愛いだけじゃなくて、独特の風格があるよね。大きくてかっこいい」
「……そんなに好きなら、見てみるか?」
何気なく提案しただけだったのだが、ルーシェはぱあっと顔じゅうを――といってもそれほど顔全体が見えているわけでもないが――輝かせた。
「いいの!?」
「ああ。おいで。厩舎に行こう」
ティリアンは立ち上がり、先に立って部屋を出た。ルーシェは弾むような足取りでその後ろからついてくる。
「ねえ公爵様、そのテンペストっていう馬は、真っ黒なの?」
「ああ。どこもかしこも黒い」
「いつから飼ってるの?」
「戦地から戻ったあとだ。こちらで乗る馬が欲しくて、馬市に行ってみたら、テンペストがいて……一目惚れだったな」
そんなことを話しながら玄関ホールまで来る。あっ、とルーシェが焦った声を上げて足を止めた。
「僕、今日もこんなところから出ていいの!?」
「私と一緒なら構わない。今さら君だけ別のところに回るのも変だろう」
「そ、そういうもの……? じゃあ、お言葉に甘えて……」
そんな会話を交わしているところにジョアンがやってきて、ふたりを見て怪訝そうな顔になった。




