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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第3章 盛夏

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ルーシェと馬 1

 変装したり行商したりしつつ何日もかけてギブソン子爵邸を観察した結果、子爵夫妻および息子のバリー卿の、何となくの行動パターンが見えてきた。

 といっても基本的には貴族の典型的な行動とほぼ同じだ。子爵は頻繁に紳士クラブに出かけ、子爵夫人は午後の訪問もしくは買い物が多い。息子は、日中は両親ほど外出することは少ないが、夜はほぼ毎晩のように出かけていた。

 出かけるといっても、たいていの場合、親と一緒に出ることはない。行く先が違うのか、いつもひとりで馬車に乗っていた。帰ってくる時刻もやたらと遅いことが多い。夜遅くまでどこで遊び歩いているのだろうか、乗っていった馬車でそのまま帰ってくるときもあれば、馬車だけ先に戻らせて辻馬車で戻ってくるときもあった。 


 1週間ほど張り込みを続け、だいたいの行動が分かってきたところで、次の段階に移ることになった。


「明日から、バリー卿の後をつける」


 リドリーは夕食を食べながらそう言った。パンを頬張ったところだったルーシェリアは、返事をするかわりにうんうんとうなずいた。もぐもぐと咀嚼(そしゃく)してから、「やっぱり、辻馬車をしばらく借りるの?」と尋ねる。


「そうだ。いちいちその場で探してちゃ、あっという間に置いていかれるからな。明日、公爵様にそう言ってきてくれ。経過報告と一緒に」


「分かった」


 バリー卿が外出するのは当然のことながらほぼ馬車でのものだから、後をつけるには歩いていたのでは間に合わない。こちらも馬車で追いかけるしかないので、リドリーと相談して、知り合いの御者に、しばらくのあいだ辻馬車を貸し切ってこちらの指示で動いてもらえるように頼むことになったのだ。


「なんだかずいぶん贅沢な調査ね」


 シチューのお代わりを持ってきたキリアが目を丸くする。辻馬車に乗るなど、ふつう南街区の住人には許されない贅沢だ。そんなものを何日間も貸し切って動かすという今回の調査は、確かにキリアが言う通りずいぶんと規格外なものだった。


「それだけ公爵様は知りたいんだろう。ランドール様の死の真相を」


「そうなんだろうね。少しでも、分かるといいけど。お金をかけてよかったと思えるくらいにはさ」


「まったくだ。それを俺たちも祈ろうじゃないか」


 リドリーはそう言ってお代わりのシチューをせっせと食べ始めた。


******


 イングラム邸への訪問からちょうど1週間がたった日の午前、秘書の体調不良で予定の空いたティリアンは愛馬テンペストに乗って北街区の東にある広大な公園まで出かけた。

 市街地ではゆっくり歩かせることしかできないが、公園の一部が馬を走らせるための場所になっていて、そこなら領地でのように早駆けができるのだ。

 久しぶりにテンペストを心ゆくまで走らせてやってから屋敷に戻ると、ルーシェが来ています、とジョアンが告げた。


「お帰りになるまで待つとのことでしたので、使用人用の控え室で待たせています」


「分かった。ルーシェには悪いが、入浴して着替えたいから、もうしばらく待つようにと伝えてくれ」


「……あの子ならいたって楽しく待っていることでしょうから、お気遣いは無用かと」


 わずかな苦笑をにじませたジョアンに、ティリアンは「どういうことだ?」と尋ねる。ジョアンは苦笑を深くして答えた。


「うちの使用人たちと仲良くなったらしく、楽しそうにしゃべったり笑ったりとくつろいで過ごしておりますので。厨房の料理人にも気に入られていて、さきほどはちゃっかり食事にありついていました」


「……あの子らしいな」


 ティリアンも思わず苦笑した。ティリアンが厨房の料理人たちに礼を言いに行ったのを、ルーシェの口添えのおかげだと感謝しているらしいというのはリアンナから聞いていたが、いつの間にかそんなことになっていたらしい。


「だったら気兼ねなく待たせられるということか」


 そう言って私室に引き取ったティリアンは、用意させた風呂で汗を流し、着替えて執務室へ行った。ルーシェを呼んでくることとお茶の用意をすることを伝えてしばし、足取りも軽くルーシェがやってきた。


「こんにちは、公爵様。今日はあんまり報告できることはないんだけど、とりあえず1週間やってたことを伝えに来たよ。あと明日から本格的にバリー卿を追い回すってこともね」


「ああ。待たせてすまなかったな」


「ううん、全然。楽しく待たせてもらったから」


「……それはよかった」


 さっきジョアンが言っていたとおりだな、と内心で苦笑する。

 ルーシェはティリアンの勧めた椅子に腰かけたが、そわそわと期待を抑えきれないのが見ていると分かった。女性使用人(メイド)がお茶を持ってくるのを待っているのだと気づいて笑い出しそうになり、慌てて口もとを押さえる。


 ほどなく扉が叩かれてメイドのティナがワゴンを押して入ってきた。手際よくテーブルの上に並べられていく食器を、ルーシェは目をきらきらさせて見つめている。

 ティナが下がり、ティリアンがわざと何も言わずにいると、まるで肉を前にした犬が「待て」をされているような雰囲気を漂わせ始めたルーシェが、すがるようなまなざしでティリアンを見上げた。先日と一緒だ。こらえきれなくなって笑ってしまう。


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