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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第3章 盛夏

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ニコラスと祭りへ 5

「に、ニコラスさん、塀の上が似合わない……!」


「それはむしろ褒め言葉だな。似合ってると言われたって嬉しかねえ」


 まあそれはそうだろう。ニコラスも道化師のほうへ目をやり、「よく見えるな、さすがに」と目を細めた。


「うん、すごくよく見える。台詞(せりふ)があるわけじゃないから、近くで見てなくても身振りだけで分かるしね」


 ルーシェリアはわくわくと道化師の出し物に見入った。しばらくするともうひとりの登場人物が現れ、一緒に演技を始めた。今度は道化師の格好はしていても女性だ。

 どうもふたりは恋人どうしだが痴話喧嘩(ちわげんか)中という設定らしく、物を投げたり引っ張り合ったりして喧嘩を続けている。その動きが何ともおおげさで観衆の爆笑を誘うのだ。ルーシェリアも同じように腹をかかえて笑い転げた。


「おかしいね、あれ、はははっ……え、うわっ!?」


「おい、ルーシェ!」


 笑いすぎて不安定な塀の上から落ちそうになり、横のニコラスが慌てて腕を伸ばしてきた。抱き込むようにしてルーシェリアが落ちるのを防いでくれて、ルーシェリアの体勢が落ち着くまで肩を支えてくれる。


「落ちそうになってんじゃねえよ、おい」


「えへへ……ごめん、助かった」


「まったく。笑い転げすぎて塀から落ちるなんざ格好悪いにもほどがあるぞ」


「以後気をつけると約束します」


 殊勝な顔でニコラスを見上げて反省の弁を述べると、ニコラスは苦笑してルーシェリアの肩を離し、それからぽんぽんと頭を軽く叩いた。


「おう。気をつけろよ」


「はぁい、父さん」


「だから誰が父さんだ!」


 俺は花の独身男だぞとぶつぶつつぶやくニコラスはおいておき、また道化師のふたりに注意を戻す。

 ふたりは小道具も交えてすったもんだを繰り広げたあげく、最後にはめでたく仲直りしたようだ。ふたりで仲良く抱き合ったあと、手をつないで観客にぺこりとお辞儀をした。

 熱演を見せてくれたふたりに観客からの拍手が降り注ぐ。もちろんルーシェリアもぱちぱちと手を叩いた。


「ああ、おもしろかった……!」


 こんな出し物を見たのは初めてだった。ルーシェリアはすっかり満足して、ニコラスに笑みを向けた。


「おもしろかったねえ。連れてきてくれてほんとにありがとう、ニコラスさん」


「……ああ。おまえが楽しめたんならよかった」


 ルーシェリアが心を込めて礼を言うと、ニコラスは優しい目でうなずいてくれた。



 道化師たちの出し物が終わって少ししたころ、近所を廻っていた山車(だし)が広場に戻ってきた。おそらく、だいたいの時間配分が決められているのだろう。

 水をかけられたら困るということで意見が一致しているふたりは、このままここにいようと塀の上に座ったまま、山車がゆっくりと広場に入ってきて聖女像がうやうやしく下ろされるのを見物した。井戸の屋根同様、花と緑の(つた)で飾られたその山車は、太い綱で6人の男に()かれている。


 後ろにはたくさんの子供たちがついてきていて、その中の半分ほどが鈴を手に持っていた。山車の居所を知らせるための鈴だろう。

 男たちも子供たちもみんな全身びしょ濡れだ。犯人はもちろん、山車と曳き手と子供たちの周りに群がった、ひしゃくと桶をもった見物人たちである。彼らのほうもほぼずぶ濡れなのは、互いにも水を掛け合うせいなのだろうか。


「うわあ……あんなになるんだ……」


「曳き手は確か途中で交代するはずだったと思うが、どっちにしてもこれは濡れるのが必然の祭りだからな」


 男たちはそもそも上半身にはシャツすらまとっていない。どうせ濡れるのだからということなのだろう。しかしどの顔も楽しそうに輝いていて、水を掛けたり掛けられたり、稚気(ちき)を存分に発揮できる祭りなのだろうと見当がついた。


「聖女様のお帰り―!」


 誰かの声が響き、子供たちが歌い始めた。聖歌とおぼしき明るく素朴な旋律の曲だ。水をめぐんでくれた聖女への感謝の念を歌った古い歌のようだった。子供たちの張り上げる無邪気な澄んだ歌声が広場に響き渡る。


「……なんか、いいねえ」


「ああ。いいな」


 豪華絢爛(けんらん)なものではないけれど、人々の素朴な信仰と敬愛が宿り、大人も子供も笑顔になれる祭り。とてもすてきなものだと素直に思えた。

 中央街区でもこのあたりは南の端に近いから、かなり庶民的な雰囲気の強い地区だ。その雰囲気がよく表れた祭りだった。いつか、こういうところに住めたらいいなと、ふと思う。


(リドリーと、キリアと、生まれてくる赤ん坊と。4人で、こういうすてきなところに住めたら、どんなにいいだろう)


 いまルーシェリアたちが住んでいるあたりは、南街区にしてはましな部類に入る場所だが、それでも貧民街であることに変わりはない。

 ティリアンの依頼を受けて北街区や中央街区に足を運ぶことが増えたせいで、南街区とほかの街区とのあまりにもあからさまな落差がすごく目につくようになってしまった。


 ごみごみとせせこましく、不潔で、建物も住む人もみんなくたびれてすすけているようにすら見える南街区。

 ちゃんと見れば、もちろん南街区の住人だってみながくたびれているわけでもなく、悪人ばかりでもない。むしろ人情にあふれた住人だって多く、自分が貧しい中でも他人に手を差し伸べる優しさを持つ人々もたくさんいる。

 けれどその一方で貧しさゆえに悪の道に走る者も数知れずいて、そのせいで南街区には犯罪があふれている。もうすぐ生まれてくるリドリーとキリアの大切な子供には、できればそんなところで大きくなってほしくなかった。


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