ニコラスと祭りへ 4
「ねえニコラスさん、僕、あれも食べたい」
指さした先にあるのはくるくると結び目のようにねじられた硬焼きパン、プレッツェルだ。
パンというより甘くない菓子のようだとルーシェリアはいつもプレッツェルを見るたびに思う。ちっとも腹にたまらないからだ。
でも塩味が利いていてかりっとしたプレッツェルは実は大好物で、お金に余裕があるとき(まあ、めったにないのだが)、果物とプレッツェルのどちらを買おうかと悩むのはお約束である。
「おう、あれもうまいよな。俺も買おう。ぴりっとした胡椒味のやつがこれまたエールに合うんだ」
「ニコラスさん、どうせ次はエールのお代わりとか言い出すんでしょ」
「当たり前だよ。なんで1杯で我慢しなくちゃならねえんだ」
そんなことを言い合いながら手に持ったパンやソーセージをもぐもぐとたいらげたふたりは、プレッツェル売りの屋台に行ってそこでひとつずつ買った。ルーシェリアは普通の塩味、ニコラスはさっき言っていた胡椒入りのちょっと高いやつだ。
ニコラスは居酒屋でエールのお代わりを注いでもらい、早くも2杯目である。
「ニコラスさんは酔っ払ったりしないの? 酔っ払った用心棒なんて、折れた物干し竿より役に立たなさそうだけど」
「安心しろ、俺は酒にはめっぽう強い。エールなんざいくら飲んだって酔うわけないだろう」
これ見よがしにぐいっとジョッキをあおるニコラスは、実はかなり周りの注目を集めていた。特に女性たちから。
ひとくせありそうな気配はぷんぷんするが、とにかくいい男だから、人目を引くのだ。そしてその視線がちらりとこちらにも流れる。息子だとでも思われているのかもしれない。
「そうなの? ならいいけど」
「安心しろって」
ニコラスがぽんとルーシェリアの肩を叩き、「あっちで大道芸をやってるみたいだぞ」と広場の反対側に顔を向けた。確かにそちらの方には人だかりができている。
「大道芸? どんなことやってるの?」
「ここからじゃあんまり見えねえな。たぶん道化師がこっけいな身振り手振りでなんかやってるんだろう」
「へえ、見てみたいな。行ってもいい?」
「もちろん。ちょっと待ってくれよ」
ニコラスはジョッキに残ったエールを飲み干し、空になったそのジョッキを店先に返すと、半分ほど残ったプレッツェルをかじりながら歩き出した。
ルーシェリアのほうはプレッツェルはもう腹の中だったから、手ぶらでそのまま歩き出す。
「大道芸なんて見たことないんだけど、おもしろいの?」
「そりゃあ、やってる人間によるさ。さて今日のはどうだろうな」
「おもしろいといいなあ」
そう言いながら人垣に近づいたルーシェリアたちだったけれど、すでにたくさんの観客が集まっているものだから、小柄なルーシェリアには何も見えない。うーんと唸っていると、ニコラスにひょいと手を引っ張られた。
「おまえの背丈だと見えないだろう。こっち来いよ」
「え、こっち……?」
ニコラスは少し離れたところにある塀にルーシェリアを連れていき、「この上に座ってみれば、いけるんじゃねえか?」と聞いた。
その塀は煉瓦を適当に積んだだけの適当な造りのもので、しかもその上部はせいぜいニコラスの目線くらいしかない。
「いったい何のためにこんなところにこんな中途半端な高さの塀を作ったのかなあ……何なの、これ」
「もっとずっと昔、ここらへんは今よりもずっと栄えてたっていうか、王都の外から来る旅人が使う主要な道筋のひとつだったんだ。王都に入った旅人たちは、この井戸で喉を潤し、顔や手を清めて、都での目的地に向かったってわけさ。で、乗ってきた馬をちょっとつないでおくために、この壁があったらしい。ほら、金輪があちこちについてるだろう?」
「……ほんとだ」
言われてみると、煉瓦のあいだからたくさんの金属製の輪っかが顔を出していた。そこに手綱を結びつけていたのだろう。
「そのうちに、南街区が王都の掃きだめみたいになっちまって、まともな旅人はこの道を使わなくなった。だからこの塀も無用の長物として残されてるってわけさ」
「そうなんだ……物知りなんだね、ニコラスさんって」
感心したルーシェリアがニコラスをつくづくと眺めると、ニコラスは少し照れたように視線を逸らした。さっきも思ったが、ニコラスは意外と照れ屋だ。
「俺のことはおいといて、さっさとその塀にのぼれ。上に腰かければ見えるだろ」
「うん」
でこぼこの煉瓦に、足掛かりにしてくださいと言わんばかりの金輪。ルーシェリアは何の苦もなくそこをよじのぼり、ひょいと腰掛けた。ニコラスの言う通り、視界を遮るものがないのでとてもよく見える。
視線の先には道化師の衣装を着たのっぽの男がいて、大きめの箱を相手に一人芝居を演じていた。探し物をしているようだが、お目当てのものが見つからないらしく、あれやこれやと中から物を出しては『これじゃない……』という身振りでおおげさに嘆く。
「ニコラスさんの言う通り、道化師だね」
「そうか。俺ものぼろうかな。そっちのほうがよく見えそうだ」
そう言うとニコラスも俊敏な動きでのぼってきて横に座った。いい年をした大人の男が子供みたいに塀の上に腰かけている光景はなんともおかしくて、ルーシェリアは吹き出した。




