ニコラスと祭りへ 3
広場にはいくつもの屋台が出ていて、どこもおおぜいの客でにぎわっていた。
それほど広くもない広場の端のほうに、本日の主役となっている井戸がある。壁を背にしてつくられたその井戸には、丸太と木の板で簡素な屋根が取り付けられているのだが、その柱にも屋根にも花や緑の蔓が飾られ、やたらと華やかにおめかしされていた。
少し離れたところにある壁は、大人の頭より少し高いくらいのところに大きめのくぼみがつくられている。きっといつもはそこに聖女像が収められているのだろうと分かった。今日はそこを出て町中を練り歩く山車に載せられているはずだ。
「ルーシェ、なんか食おうや」
ニコラスが屋台を指さす。ルーシェリアは顔を輝かせた。
「うん、食べる!」
実は今日、リーサがふたりに軍資金を渡してくれているのだ。「楽しんでおいで」と言って、小銭を入れた巾着をニコラスに渡したリーサは、ルーシェリアに明るい笑みを向けた。
『今日はあたしがおごってやるから、ニコラスに何でも好きなものを買ってもらいな』
『え……いいの?』
『もちろんさ。たまには年寄りにいい顔をさせとくれ』
リーサが盗品の売買を扱うこの店でおおいに金を稼いでいるらしいのは知っている。ルーシェリアはありがたくリーサの厚意を受け取り、ここに来ているというわけだった。
ニコラスの横について屋台に近寄り、売られているものをふたりしてじっくりと吟味する。
「この炙り肉をはさんだパン、めちゃくちゃおいしそう」
「おう、うまそうだな。おまえはそれにするか?」
「うん」
ニコラスはリーサからもらった巾着を取り出して支払いを済ませ、ルーシェリアに「ほらよ」とそのパンを渡してくれた。
自分はその横でチーズのかかったソーセージを買い、さらにその横の店で(こちらは屋台ではなく、居酒屋が自分の店の前に出した即席の台でしかなかった)エールを満たしたジョッキを購入している。
「昼間っから酒が飲めるのは祭りの醍醐味だよなあ」
「……これだからおっさんは」
「ほっとけ」
ぐびぐびと一気に半分ほどを空けてしまい、「うめえ……!」と感激したように目を閉じる。
「からっと晴れた夏の昼間、渇いた喉に流し込むエールほどうまいもんはねえよ」
ほら、おまえも飲むか? とジョッキをこちらに渡そうとしてきたニコラスに、ルーシェリアは首を振ってみせた。
「僕はいらない。まだ子供だから飲むなってリドリーに言われてるんだ」
正直に言うと、おいしそうだなあとは思う。けれど、絶対に外で酒を飲むなとリドリーにきつく言われているのだ。
よほど強面の大男でもないかぎり、外で酒を飲んで酔ってしまうなど物騒な南街区では命取りの行為である。また、中央街区であっても、素性を偽っているルーシェリアにとって危険がなくなるわけではない。その言いつけを破ろうとは思わなかった。
「そうか。じゃあ仕方ないな。大人になってから飲め」
ニコラスはあっさりうなずき、「おまえの兄貴はしっかりしてるんだな」とどことなくしみじみとつぶやいた。
「うん。リドリーはすごく賢くて、すごく頼りになるんだ。僕がこの年まで無事に生きてこられたのは、全部リドリーのおかげなんだよ」
「そうか。いい兄貴を持ったもんだ、おまえは」
大好きな自慢の兄を素直に褒められ、嬉しくて頬がゆるむ。
「えへへ、そうでしょ。世界一の兄さんだよ」
「そう言える家族がいるってのはいいもんだ。……おまえ、親は? 言いたくなきゃ言わねえでいいけど」
「どっちも僕が物心ついたときにはいなかったから、知らないよ。僕はリドリーに育てられたんだ」
実際のところは孤児院にいて両親を知らないだけなのだが、別に嘘はついていない。まだ小さな子供だったとき、人買いに売られそうになって孤児院を逃げ出したルーシェリアは、偶然行き合ったリドリーに拾われた。それ以来ずっと育ててもらったのは事実だ。
「そうか……おまえの兄貴は本当に偉いな」
何もできない小さな子供を、まだ少年だったリドリーが養うのがどれほど大変なことだったか。その苦労をおもんばかったのだろう、ニコラスが本気で感心したように唸った。
ルーシェリアもつくづくそう思う。子供を捨てたり売ったりということが日常茶飯事の南街区で、よくもまあ、縁もゆかりもない幼児を拾って育ててくれたものだと。
ニコラスのほうは、どうなのだろう。家族がいるのだろうか。それとも、文字通りの一匹狼なのだろうか。
聞きたい気もしたけれど、南街区の住人に家族のことを聞くのは禁忌であることも多い。ろくでもない家族しかいなかったり、そもそも捨てられたり売られたりして家族がない者も多いから、お互いの事情には深入りしないに越したことはないのだ。だからルーシェリアは彼の家族についての質問は飲み込み、別のことを口にした。




