ニコラスと祭りへ 2
30分ほど歩き、マドロン地区を抜けてさらに中央街区に入ってしばらくすると、「そろそろ着くぞ」とニコラスが口を開いた。
「ほら、下の石畳が濡れてるだろ。山車がこのへんを通った証拠だ」
「え、そうなの? なんで山車が通ると下が濡れるの?」
「男たちが曳く山車には、聖女様の像が載ってる。見物人は水の入った桶を持ってて、その像にひしゃくで水をかけるんだよ。井戸から汲んだ水を」
「へええ」
さすがは井戸の聖女のお祭り、水が重要な役割を演じているようだ。
「でもそれってさ、聖女様の像だけじゃなくて人間も濡れるんじゃ……」
「そりゃあ濡れるさ。だから別名水かけ祭りだ」
「……そのまんまだねえ」
濡れてしまっても今は7月も末、夏まっさかりだ。じきに太陽がさっぱりと乾かしてくれるのだろう。むしろ暑気を払い涼を呼ぶという面で、とても理にかなったお祭りのような気がする。
「でも、あんまり僕、濡れたくはないなあ。服がびしょびしょになったらキリアに怒られる」
「安心しろ、俺も濡れたくはない。山車に近づかなきゃ大丈夫だ」
ルーシェリアは正体を隠しておくために、ニコラスはたぶん銃を濡らさないために。理由は違っても濡れたくない思いは一緒のようだ。よかった、とルーシェリアは安心した。
「よかった。じゃあ、山車は遠くから見ようね」
「おう」
ニコラスが、「広場はこっちだ」とルーシェリアを手招きした。少し歩いてひょいと曲がると、行く手に広場が見える。広場にはたくさんの人々が集まっているようだった。
「あそこだね!」
「そう、あそこが祭りの会場さ。うーん、なんかいい匂いがするぞ」
ニコラスがくんくんと鼻をひくつかせる。ルーシェリアにもすぐにその匂いが嗅ぎ取れた。広場から、おいしそうな匂いがただよってきているのだ。
「食べ物の屋台が出てるんだね!」
「ああ、そうだ。なんか食うか……って、おまえには聞くまでもないか」
ニコラスがにやにやと笑いながらルーシェリアを見下ろす。反論できずに目を逸らしてあさっての方角を向いたルーシェリアは、行きかう人々がみな桶とひしゃくを手にしていることに気づいた。あれを使って井戸の水を持ち運び、山車に向かって撒くのだろう。
「桶を持った人たちがあっちに向かってるってことは、山車があっちにあるんだね」
「そのようだな。そこらじゅうを練り歩くから今どこにあるかは音を頼りに探すんだよ。ほら、鈴の音が聞こえるだろう?」
そう言われて耳を澄ましてみる。がやがやとした雑踏の音にまぎれて、澄んだ鈴の音がどこかからかすかに聞こえてきていた。
「山車について歩く子供たちが鈴を手に持って鳴らしてるのさ。それを頼りに山車を追うってわけだ」
「なるほどね。水をかけられたくはないけど、山車はちょっと見たいかも」
「最後には広場に戻ってくるから、ずっと広場にいれば見られるけどな……おっと」
ふいにニコラスがルーシェリアの肩を抱いて自分のほうに引き寄せた。驚いて目をみはったルーシェリアのすぐ横を、後ろから来た少年たちの一団が駆け足で追い越していく。ぶつかりそうになったところを助けられたようだ。
「ありがとう、ニコラスさん」
「ああ。祭りの日はまわりもごった返してる。気をつけろよ」
「はぁい、父さん」
「だからだれが父さんだよ!」
こんなこまっしゃくれたでかいガキを持った覚えなんてねえよ、とニコラスがぶつぶつとぼやいている。ルーシェリアはそんなニコラスに構わず広場を目指して歩いた。
広場のほうからは、食べ物のいい匂いだけでなく、賑やかな楽器の音色や人々の笑いさざめく声など、いかにも人の心を浮き立たせるような音が流れてくる。期待に胸がふくらんだ。
「ほら父さん、早く行こうってば」
「だーかーらー、父さんと呼ぶなって!」
ニコラスは不満そうだが、彼はきっといい父親になるのではないかとルーシェリアは思う。なんだかんだいっても面倒見がいいから、子供をちゃんと可愛がりそうだし、いざとなれば身体を張って守るだろう。
彼にはそういう、大切なものをちゃんと守るだろうという安心感を人に持たせる何かがある。だからきっとシドにも信用され、大事にしている養母を任されているのではないだろうか。
「ふふ、それだけニコラスさんと一緒だと安心できる気がするってことだよ」
にっこりと笑って正直にそう言うと、ニコラスは目をみはり、そして……ちょっと照れたようにそっぽを向いた。




