ニコラスと祭りへ 1
「え? 祭り?」
聞き間違いかと思って尋ね返してみたが、リーサはうなずいて「ああ、祭りさ」と繰り返した。
「といってもほんとに小さなものだけどね。中央街区の端にある、とある小さな広場でやってるんだよ。なんでも、そこの井戸の聖女様の祝日なんだとか」
「井戸の聖女様って……そんな聖女様もいるんだ……」
「昔々、井戸がなくて困っていた人々に、ここを掘れば水が出るとお告げをされたそうだよ。だから今でも祀られているらしい」
へええ、とルーシェリアは感心した。どのくらい昔の話なのかは知らないが、そのあたりに住む人たちは井戸をそこに掘るように告げた聖女への感謝を忘れず、ささやかながらもずっと彼女のために祭りを行ってきたのだろう。心のなごむ話だ。
「祭りって、どんな感じなの?」
「小さな山車が出てその地区を回ったり、広場で屋台が出たり、大道芸が披露されたり……そんな感じだね。どうだい、行ってみたくないかい?」
「うん、行ってみたいな!」
勢い込んでうなずいたルーシェリアに、リーサはにこりと笑った。
「じゃあ、ニックを案内につけてやるから、行っておいで」
「あれ、リーサさんは行かないの?」
「あたしはいいよ。もう年だから、人混みは疲れちまう。ふたりでゆっくり楽しんでくるといい」
「そっか」
確かに、ずっと立ちっぱなしにもなるだろうから、彼女の年齢では体力的にも精神的にも人混みはきついのかもしれない。ルーシェリアは納得して、「ニコラスさんは行ってもいいって?」と尋ねた。
「ああ。あの男は賑やかなのが好きだからね。たまにはこんなかびくさい店から離れて外で羽を伸ばすのもいいだろう」
「あ、でも、ニコラスさんがここにいるのは、シドから依頼されてる仕事だからでしょ? 勝手に持ち場を離れていいの?」
「あたしがそうしろって言ってるんだから、いいんだよ」
「……なんかリーサさんって強いんだねえ」
シドもニコラスもどうやらリーサには頭が上がらないようだ。おかしくなってくすりと笑ったルーシェリアを、リーサが目を細めて見つめていた。
******
「こっちだ」
「はぁい」
というわけで、ルーシェリアはニコラスに案内されてその広場への道を辿っているところだった。今日は幸いにもいいお天気で、いかにもお祭りにふさわしい日和である。
にこにこと笑顔を浮かべて歩くルーシェリアに、ニコラスがさっきからしばしば視線を向けてくる。
「ねえニコラスさん、どうしたの?」
「何が」
「なんかさっきから、妙に僕のこと、見てない?」
実は少し気になっていたのだ。ニコラスの様子がなんとなくいつもと違う気がする。どこが、とはっきり言えるわけではないのだが、とりあえず絶えずちらちらと見られているのは確かだった。
「……別にそんなことはねえよ」
「いや、確かに見てるよ」
「そうか? うーん、おまえと一緒に店を出てこんなに遠出するっていうのが珍しくて、なんとなく見ちまうのかもしれないけどな。なんか違和感があってよ、おまえとふたりだなんて」
「まあ、それは確かに」
リーサの店に遊びに行って彼女と仲良くなったはずが、いつの間にか店の用心棒とまでこんなふうに気安くしゃべったり出歩いたりするような仲になっている。ニコラスの言う通り、自分の親くらいの年齢であるだろう中年男のニコラスと、少年のふりをした自分というのは、なんともちぐはぐな組み合わせだ。ルーシェリアは笑い出した。
「でもいいんじゃない? ニコラスさんが嫌じゃなければ」
「……別に俺は嫌ってことはねえが……おまえはどうなんだ」
「僕? もちろん僕も嫌じゃないよ。お祭りなんてほとんど経験がないから、楽しみなんだ。それにニコラスさんがそばにいてくれたら安全面でもばっちりだもんね」
今日もニコラスは用心棒らしく腰に剣を下げており、マント裏のポケットに拳銃らしき固いものが入っていることにもルーシェリアは気づいていた。銃は高価なしろものだが、シドの配下である彼なら入手も容易なのだろう。
ルーシェリアひとりならこんなふうに堂々とマドロン地区を歩くのは難しいから、実はかなり喜んでいるのだ。
「リーサの言いつけだからな、おまえのお守りはちゃんとしてやるさ」
「わあい、嬉しいな。ありがとう父さん」
「誰がおまえの父親だ!」
くわっと目を剥いてどなったニコラスにけらけらと笑いながら、ルーシェリアは上機嫌で歩いた。
「拳銃」といっても、もちろん現代のようなリボルバー式のものではなく、フリントロック式の単発銃(1発しか弾を込められないもの)です。




