バリー・ギブソン卿の調査 1
バリー・ギブソン。ギブソン子爵夫妻のひとり息子で、嫁いだ姉がひとり。派手に遊ぶほうではなく、ときおりクラブに通ってそこで小遣いの範囲内で賭けカードをやるくらいの、今まで醜聞を起こしたこともない、これといって特筆すべき点はない青年紳士。
パーセル伯爵とティリアンから知らされたギブソンの人物像は、そんなところだった。
「とりあえず、御用聞きとして僕が屋敷を訪問してみるとして……本人が外出したときにどう後をつけるかが問題だよね」
「そうだな。最初のうちは、彼の行動のパターンを把握するだけで精一杯だろう」
リドリーとルーシェリアの『情報屋のフォート兄弟』も、ある特定の人物の行動調査をするのは初めてだ。
慣れない仕事である以上に、相手が貴族で、行動範囲がほぼ北街区に限られるであろうということが、難しい点だった。何しろ地の利が皆無なのだ。
それに、彼が出入りするクラブやほかの貴族の屋敷にルーシェリアたちは入れない。聞き込みをして回るという、情報屋の基本とも言うべき行動が、ほぼできないことになる。
「伯爵様や公爵様がそっちのほうで頑張ってくれたらいいんだけどね」
「俺たちにはできないからな。まあ、気長にやろう。急ぎの調査というわけじゃないんだし」
そんなふうな相談をして、とりあえず現地調査ということで、その日の午後、ルーシェリアはリドリーと一緒にギブソンの住む屋敷の前に来ていた。
ティリアンが住む公爵邸に比べるとかなりこぢんまりした建物だ。もちろん、あくまでもそれは北街区での基準に過ぎないのではあるが。
「こういうのを見るとさ、同じ貴族でも格の違いってもんがあるんだなって思うよね」
「公爵様の屋敷のことか?」
「そう。だって全然違うじゃない」
「当たり前だろう、あっちは何しろリールズ公爵家の屋敷なんだから。この国でも一、二を争う大金持ちの大貴族だ」
この依頼を引き受けるにあたってリドリーが調べたところによると、リールズ公爵家は戦争で余裕のない王室に資金を融資するほどの資産と広大な所領を持つ、建国以来の由緒正しい大貴族なのだそうだ。しかも近年は新しい産業に投資することでさらに収益を上げているらしい。要するに、ただの子爵家とは格が違うということなのだろう。
「新しい産業って、あれ? あの、機械を使った……」
「そうだ。機械を使うことで、人間が束になってもできないような仕事量をあっという間にやっつけることができる。目端の利く貴族は、そういう新技術を使った工場なんかに投資して、富を増やしているらしいぞ」
「ふーん……」
雲の上のお貴族様たちが何をしていようと自分たちには関係ない。ルーシェリアは気のない返事をして、子爵邸の観察に戻った。
「まずは、馬車が何台あるのかを把握して、バリー卿がどういうふうに外出しているのかを確かめる必要がありそうだな」
「歩くのが好きなら助かるけど」
「ふだんはともかく、夜会に出るときなんかは歩いたりしないだろう」
「なんでなんだろうね。近いところに行くことも多いだろうに」
「歩くのが面倒なんじゃないか?」
いかにも適当な答えを返しておいて、リドリーはぽんとルーシェリアの頭に手を置いた。
「じゃあ、ちょっと行ってきてみてくれよ。様子をうかがえたらそれでいいから」
「うん」
ルーシェリアはうなずき、子爵邸の開け放たれた門扉をくぐった。
使用人用の入口へ続く通路を歩き、そちらの扉のノッカーをごんごんと打ちつける。少し待っただけで扉が開けられ、ひとりの従僕が顔を覗かせた。
「なんだよ」
「あの、茶葉の買い取りに来たんだけど、使用済みの茶葉、ありませんか」
世の中にはいろいろな商売があるもので、貴族や裕福な商家の屋敷を回って一度使われた紅茶の茶葉を買い取って南街区で売るという商売もそのひとつである。
今回、ティリアンからかなりまとまった軍資金を渡されたので、その一部を使ってルーシェリアが茶葉買い取りの行商人になる計画をリドリーが立てたのだった。いったん買い取りに成功すれば、買い取りのためという名目で定期的にこの屋敷に通えるようになるからだ。
「ああ、お茶っ葉か。聞いてくるから待ってろ」
青年がまた扉を閉め、待つことしばし。今度は初老の女性が現れた。おそらく家政婦頭だろう。
「おまえは新顔ね。よく回ってくる者と違うけれど」
「最近始めたんだ。もしあったら、少しでもいいから引き取らせてもらえませんか」
ルーシェリアは無邪気な声でそう言ってにっこりと笑いかけた。女性は少し目もとをやわらげ、「ちょうど3日分ほどの量がたまってるから、それだけでいいなら売ってあげるよ」と言ってくれた。
ディエリアでも既に蒸気機関は発明されており、少しずつ広まり始めているところです。




