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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第1章 春

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11/33

調査を開始する 1

 翌朝、さっそくリドリーとルーシェリアは行動を開始した。リドリーは公爵邸へ向かい、ルーシェリアは故買屋の一覧表と例の絵を持って出かける。片っ端から店をあたるのだ。この手の仕事はよくあったから、ルーシェリアは故買屋巡りには慣れていた。顔見知りの店主も多い。


「こんにちはー」


 最初に足を運んだ故買屋も、かねてからよく通っている店なので、ルーシェリアは(もの)()じせずにすたすたと中に入っていった。ふつうの故買屋はこんな朝から店を開けたりはしないものだが、ここは普通の食料品店も兼ねているため開店時間も早い。それほど後ろ暗いところのない品が持ち込まれることが多い店だから期待はしていなかったが、とりあえずしらみつぶしに調べていくつもりだった。


「おや、ルーシェじゃないか」


 店の奥で店主の老女が顔を上げた。ルーシェリアは店先に積まれていたスモモをひとつ手にして、「これ、ちょうだい」と(かか)げてみせた。


「あいよ。5リルだよ」


 言われた額の硬貨を巾着から出して渡す。スモモをかじりながら、「今日はちょっと探し物をしてるんだけど」と話しかけた。


「あんたはいつもそうだろうが。今日は何をお探しだい?」


「今日はね、お貴族様の指輪。紫水晶のついた金の指輪なんだけど、何か知っていることはある?」


「いやあ、知らないね」と老女は首を振った。


「お貴族様の指輪なんぞ、うちには来ないよ。どうせ何か訳ありなんだろう? そういうのは、別の店に行くもんさ」


「まあ、そうだよね。どのへんに行くかな」


「そうだねえ……」


 老女はしばし考え込んでからいくつかの店の名を挙げた。ルーシェリアはふむふむとうなずき、スモモの汁で汚れた手をズボンにこすりつけて拭いてから店の一覧表と鉛筆を取り出した。老女の挙げてくれた店に小さく印をつけていく。


「ありがと、参考になったよ。もしこの手の情報に詳しそうな誰かに会うことがあったら、そういう指輪を探してる人がいるって、言っておいて。ほら、こんな指輪なんだ」


 そう言ってティリアンの描いたスケッチを見せる。


「へえ、うまいもんだねえ。……これなら一目見たら忘れないよ」


「でしょ? 依頼人の描いたスケッチだからね。何かの手違いで売られてしまったんだけど、肉親の形見だからどうしても取り戻したいんだって。見つかったら謝礼ははずむって言われてるから、もし手掛かりになる情報をくれたらちゃんと相応のお金は払うよ。もちろん買い戻すお金とは別にね。周りにもそう言っておいてくれる?」


「ああ、分かったよ」


「ありがとう。じゃあ、教えてくれた店に行ってみるよ。またね」


 ルーシェリアは元気よく店を出た。

 ものを探すとき、探すことそのものと並んで重要なのが、『あるものを探している人物がいる』という情報をなるべく広く行きわたらせることだ。いわば餌をまいておくようなもので、そうしておくと、思いもかけないところから、それに関する情報がひょいと出てくることがある。故買屋にはそれぞれ独自の仕入れ先や販売先があるものだから、こうしてなるべくあちこちに声をかけておき、網を広げるようにして情報を集めるのだ。


 そのあともルーシェリアは地道に故買屋を回ってその作業を繰り返した。今回は何しろ探しているものが高級品であり、依頼人も裕福な貴族ということで、情報料ははずむと約束できる。だから相手の食いつきもいい。みんな金になる情報が欲しいのだ。何か分かったら教えてくれるだろう。


 昼食と夕食のあいだくらいの時間になるまで足を棒にして歩き、店を回ったあと、ルーシェリアはいったん自分の家に戻った。簡単な昼食をとってから夜まで休むことにする。一覧表に残った店はいわくありげなところばかりで、明るい昼間には開いていないことも多いからだ。


 ひと眠りして体力を回復させたあと、夕食を取りにリドリーの家に向かった。夕食にはこちらに来るようにと昨日に言われている。

 階段をのぼり、部屋の扉を叩くと、疲れた顔のリドリーが出てきた。


「おかえり、ルーシェ。まあ入れ」


「……リドリー、疲れてるみたいだね」


「話を聞きすぎて、メモを取りすぎて、頭と手が疲れた……」


「いらっしゃい、ルーシェ」とリドリーの後ろからキリアが笑いかけた。


「もう食べられるわよ。ゆっくりできるの?」


「ううん、これからまた仕事があるから」


 ふたりは食事をとりながらそれぞれの進捗状況を確認し合った。リドリーによると、公爵家の使用人からは特にめぼしい情報は出てこなかったという。


「でも故人のひととなりは多少は分かってきたぞ。芸術家かたぎで内省的、気難しいところがあったようだ。ひとりで本を読んだりピアノを弾いたりすることを好み、社交には熱心ではなかったが、音楽会や文学を語る(つど)いなどにはそれなりに足を運んでいたらしい。愛人の存在は聞いた限りでは出てこなかった」


「マドロン地区なんかに足を踏み入れそうな感じじゃなかったんだね」


「ああ。少なくとも彼らの知っている限り、屋敷にあやしい人物が訪ねてきたこともなければ、彼がそういう場末の酒場などに出かけることもなかったようだ」


「公爵様も言っていたものね、娼館や賭博場などに通い詰めていた気配はなかったと」


「ああ。しかしそれがかえって気になるんだ」


 リドリーは無精ひげの伸びてきた顎を撫でながら天井をにらんだ。


「裕福な貴族の男なんてものは、金と暇にあかせて、欲望を発散させる何かを求めるのが普通だ。女だったり賭け事だったり、はたまた競馬だったり狩猟だったり拳闘や剣術だったり、あるいは政治活動……。ランドール様という方には、どうもそういったものが感じられないんだよなあ……大の男が、本を読んだりピアノを弾いたりするだけで、満足のいく生活を送れるものなんだろうか。それ以外の欲を抱かないものなんだろうか。そこが俺にはちょっと引っかかる」


「……つまり、他の欲を隠していたかもしれない、ということ?」


「そのとおりだ。ご自分の本来の仕事、つまり領地経営やら貴族院での活動やらといったことに関しても、まったく熱心ではなかったとジョアンさんが言っていた。社交にも積極的でなく、結婚相手を探すそぶりもまったく見せなかったという。貴族にとって一番大事なのは跡取りを残すことだというのに、だぞ」


「たしかに、なんとなく不自然だね」


「もっと遊びたいから身を固めたくないってことならまだ分かるが、そういう感じでもなかったようなんだよな。まあ、まだ30歳そこそこだったというし、女性と違って男はいくつになっても子供をもうけることは可能だ。だから焦ってはおらず、束縛を嫌ってのんびり構えていただけかもしれん。貴族にはそういう男も多い」


 うーん、とリドリーは大きく伸びをした。


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