リールズ公爵邸への訪問 6
「当面の調査は、使用人への聞き取り調査、近侍を探し出して話を聞くこと、そして指輪の行方を捜すこと……この3点ですね。あと、事件からかなり経っているので何か分かる可能性は低いですが、念のため、マドロン地区での聞き込みもしてみましょう」
リドリーがまとめると、ティリアンがうなずいた。
「なにぶん4か月も前の事件だ。調査が難しいであろうことは承知している。できる範囲でいい、よろしく頼む」
それをしおにリドリーが立ち上がった。ルーシェリアもそれにならって立ち上がり、いとまごいをする。
「ではまた明日の朝10時頃に伺います」
ふたりは部屋を出て、ジョアンに連れられて使用人用の出口に案内された。ジョアンに挨拶をして公爵邸を辞去し、てくてくと歩き出したリドリーが、大きく息をついて背伸びをする。
「はあ……緊張した」
「ふふ、リドリーでもそんなことがあるんだね」
「当たり前だろう。公爵だぞ、公爵。本当なら会うどころか遠目に見る機会だってない相手だっていうのに。それに、あの公爵様ご本人も、めちゃくちゃ迫力のあるお人じゃないか」
「それは確かに」
うなずいたルーシェリアを、リドリーが軽く睨んでくる。
「それにおまえ、なんで黙ってたんだ。あそこまで顔がいいなんて聞いてなかったぞ」
「あれ、そうだったっけ」
「ああ、聞いてない。軍人ぽいとか伯爵様に似てるとか、そういうことは言ってたけどな」
「伯爵様だってやたら顔がいい人なんだから、それで分かるでしょ」
「確かに似てはいるが、印象は全然違うじゃないか。伯爵様はあんなに怖くない」
「……まあ、それはそうかもね」
ルーシェリアもそれには同意せざるを得なかった。いとこというよりは兄弟のように似ているふたりではあるけれど、今日会ったティリアンは、パーセル伯爵にはない冷ややかで鋭利な雰囲気を持つ青年だ。顔の造作そのものも、伯爵よりもいっそう整っている気がする。その硬質な美貌のせいでいっそう冷たい印象になっているのだろう。軍人らしい鍛えられた身体つきも、鋭い眼光も、抜き身の刃のような迫力を見る者に与える。
いっぽう伯爵のほうは、もっと親しみやすく、華やかで粋な遊び人という雰囲気がある。正直に言うと、依頼人として相対するには伯爵のほうがよっぽど気楽でいい。
「与えた情報が不完全だったかもしれないけど、別に依頼人の顔がよかろうが悪かろうが、仕事に変わりはないでしょ。それより、明日からの打ち合わせをしようよ」
「まったく……まあいい。使用人への聞き取りは俺がやる。おまえはこの指輪の絵を持って故買屋を回ってみてくれないか」
リドリーがティリアンの描いた指輪のスケッチをルーシェリアに渡した。了解、とルーシェリアはそれをポケットにしまう。
「ラウンティンにもリドリーがひとりで行くの?」
「おまえと行くと出費も倍になるからな。おまえには指輪のほうと、あとマドロン地区での情報集めを任せてもいいか? ……ただ、あそこはちょっと微妙な場所だからなあ……おまえをひとりでうろつかせるのも心配なんだが……」
マドロン地区と呼ばれるその地は、南街区の中でも特に治安の悪い一帯として知られる場所である。
ずいぶん前に、その地区はいったんは再開発計画の対象となり、隣接する中央街区のように商業地区として再出発するはずだった。ところがその計画を担当した高官には良心のかけらもなかったらしい。彼はあちらこちらに計画をこっそり事前に漏らして投資させ、詐欺そのものの手口で大儲けしたあげく、最終的には自分の所有する土地が含まれる別の区画を再開発計画の対象とする法案を通してしまったという。
その後、その地区はむなしく捨て去られ、計画を信じて投資して大金を失った者たちの怨嗟の念が積み重なった土地として、いっそう不穏な場所となっていった。以前は<日時計地区>という通称だったそこが<マドロン地区>と呼ばれるようになったのはそのときからだ。
マドロンという名前はその高官が稼いだ金にあかせて娶った年若い貴族の花嫁の名前から来ているらしい。庶民のささやかな意趣返しといったところだが、どうせ名前をつけるのなら、金で買われた不運な花嫁ではなく、その悪辣な高官本人の名前をつけたらよかったのにと思う。
それはともかく、現在のマドロン地区は、中央街区に隣り合っているせいもあって、娼館や賭博場など、南街区の外から来る金持ちが金を落とす場所をいくつも抱えている。そのせいで縄張り争いが激しく、何人もの顔役たちが勢力を競い合う舞台となっているのだった。南街区の中でも最も不穏な地区、それがマドロン地区だ。
「だいじょうぶだよ、用心するし、危険な真似はしない。できる範囲でいいって公爵様も言っていたしね」
「……そうだな。手が空いたら俺がそっちに回るから、それまではお前に頼もう。くれぐれも無茶はするな。……おまえの正体がばれたらまずいことになるんだからな。それに顔も絶対に見られないようにするんだぞ」
「分かってるって」
つくづく自分の身が恨めしいと思うのはこういうときだ。女だというだけで、男にはない危険が生じてしまう。
しかもリドリーによると自分の顔はたいそうな商品価値があるらしく、小さい頃から『絶対に他人に顔をさらすな』と言われて育ってきた。だからいつも大きな帽子とぼさぼさの前髪で顔を隠し、肌には煤をつけているのだ。面倒くさいことこのうえないが、だからといっていくら恨んでもどうしようもない。ルーシェリアはさっさと頭を切り替え、調べに行く故買屋についてリドリーと相談を続けた。




