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公爵と情報屋 ~男装美少女は氷の公爵から一途に愛される~  作者: やまのみき
第2章 初夏

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イングラム邸への訪問 7

 ミスター・イングラムと執事に丁重に見送られながら屋敷を辞し、待たせていた馬車に乗り込む。ルーシェリアも一緒だ。「僕はいいよ」と言ったのだが、「中央街区の南端まで送ろう」とティリアンが親切にも申し出てくれて、それを撤回しようとしなかったので、その言葉に甘えることにした。

 豪華な馬車の中で向かい合って座ったふたりは、なんとなく顔を見合わせた。……そして、互いの顔が笑いにゆがむ。


「くっくっ……君ときたらもう」


「こ、公爵様こそ、同じことを思っていたくせに……あはは……」


 ふたりしてひとしきり思い出し笑いに興じてしまい、ルーシェリアは笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭った。


「あんな人、今まで見たこともなかった。どうしてあんなに自分が好きになれるんだろう」


「多かれ少なかれ、芸術家というのはああいうものではないのか? 普通なら他者や周りのものに向ける関心をすべて自分の内に向け、自らの才能を磨き上げることとそれを表現することに命を懸けるのが芸術家だ。彼にとってはあのありようこそが自然なのだろう」


「もっともらしいことを言ってるけど、公爵様こそ笑うのをこらえてたでしょ」


 ルーシェリアの指摘に、ティリアンは少しきまり悪そうに口もとを手で隠して視線を逸らした。


「君につられたのだ。横で君がおかしなことを言ったり、私のほうを見たりするから」


「公爵様もおんなじことを考えてたくせに。ばれてるよ」


「……まあ、それはだな……」


「先人たちの努力と栄光……」


 ティリアンが笑いをこらえるのに失敗してゴホゴホと咳込み、「やめてくれ、頼むから」と懇願した。


「ほら、同じことを考えてた」


「分かった、認めるからもうやめてくれ」


 苦しそうに腹を押さえて白旗を上げたティリアンに、ルーシェリアは「今度、アリンガム邸での音楽会とやらで彼の歌を聴くとき、このことを思い出さないように気をつけるんだよ」と追い打ちをかけた。ティリアンの肩が震える。


「……肝に銘じるとしよう。大丈夫だ、君がいなければ何とかなる」


「それどういう意味さ」


「君がいると笑いの感情が増幅される。君がそこにいなければ、私が醜態をさらすこともないはずだ」


「うーん、褒められてるのかけなされてるのか分からないや」


「どちらでもない。事実を述べているだけだ」


 ようやく落ち着いたらしいティリアンは大きく息をつき、「それはそうと」と話題を変えた。


「イングラムの話を、どう思った?」


「あれだね、お兄さんの死が報じられたその日の夜に、しばらく来られないという手紙を受け取ったことだよね。やっぱり何かあると思う。お兄さんの死と、タイラーの失踪には絶対に関係があるよ」


「その仮説がますます本当らしく思えてきたな。それは収穫だったが、ただ……」


「結局、タイラーの行方をたどる糸は、切れてしまったね……」


 笑い合っていたせいで明るかった馬車内の雰囲気が、一気に沈んだものになってしまった。そうなのだ、タイラーの師匠だったミスター・イングラムなら行方について何か知っているのではないかという一縷(いちる)の望みを抱いていたものの、それはあっさりと否定されてしまったのだった。


「タイラーは本当に誰にも知らせずに姿を消してしまったわけだ。普通なら指導を受けられないような特別な相手に師事していたにもかかわらず、それを放棄し、自らの今後の音楽人生をも放棄したに等しい形で。よほど身に迫る危機を察知したからだとしか思えない」


「そうだね……将来を犠牲にしてまで守りたいものと言えば、命くらいのものだろうからね」


「逃げた先については、故郷が王都以外の場所ではなさそうだという推測が強まった程度だな。このディエリア全土が対象になりかねないことを思えば、王都に限定できそうなことは朗報だと思いたいところだが……」


「王都って言われても、それ以上は絞り込みようがないもんね」


「ああ。たったひとりの人間を探し出すには王都はあまりに広い」


 馬車の外をちらりと見て嘆息(たんそく)したティリアンが、「そういえば、君はひとつ気になることを言っていたな」とルーシェリアに視線を戻した。


「わざわざ、イングラムに確認していただろう。タイラーの部屋に行ったことはなかったか、と。あれは、誰かが彼の家に来ていたという証言を君が得ていたからだったのだな」


「そうなんだよね。横に住む女性が、彼の家にはときどきある男性が来ていたと言ってたんだ。時間は決まっていなかったけど、必ずピアノの音が聞こえていたから、きっと声楽の先生が来ていたんだろうって。だから僕もてっきりそのひとがタイラーの師匠なんだと思っていたのに、ミスター・イングラムは違うことを言っていたから、おかしいなって。ミスター・イングラムじゃないのなら、その男の人は誰だったのかな?」


「……分からないな、確かに。だが分かることもある」


 ティリアンが眉を寄せ、背もたれにゆったりともたれて腕を組んだ。



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