第61話 嫌な予感
食事が終わり、魔法少女たちは怜奈の部屋、李依奈の友達は李依奈の部屋に布団を敷きにそれぞれ行動に移る。
もうすぐ日が落ちる。夜になるまでにそう時間はかからないだろう。
自分の布団を敷いていたところで、半田がこっそりと耳打ちをしに来た。
「咲、聞いて。雨宮怜奈さんのお姉さんの、李依奈さん? ……たぶん、敵組織セーフクの人だと思う」
「なんだとっ!」
「しっ、声が大きい!」
半田に口を塞がれる。他の魔法少女たちが不思議そうにこちらを見た。唯香だけはなぜか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ごめん、みんな気にしないで」
半田の一言でみんなそれぞれ作業に戻った。俺と半田は顔を見合わせて肩の力を抜く。
「それで半田、さっきのはどういうことだ」
俺は小声で半田に尋ねる。半田は他の人たちが聞いていないことを確認してから、声を潜めると話の続きを始めた。
「さっき、僕の兄ちゃんがいたんだ。ころねっていう子が持っていたぬいぐるみに化けてる」
「……なぜ、敵のボスが怜奈の家にいるんだ?」
「分からない。けど、仮に雨宮姉妹はお互い正体を知らないとしたら、姉の李依奈のほうはたぶん、て――」
「李依奈さんがどうかしたの?」
「わあっ!」
振り返ると、日和がぽかんとした顔でこちらを見ていた。
「お、驚かせちゃってごめんね、守里さん、半田さん」
「ううん、僕の方こそごめん。なんか用だった?」
「怜奈の名前が聞こえたから、何かなって思っただけだよ」
「そっか」
俺と半田は顔を見合わせる。半田の伝えたいコトは大体分かった。ひとまずこの話はこれで終わりだ。
日和はしょんぼりとした顔をしながら聞いてくる。
「あのね、わたし……李依奈さんに言われたことが分からなかったの」
「李依奈に言われたこと?」
「ほら、好かれるって大変だねっていう言葉。わたし、友達が増えて楽しいとは思っているけど、大変だなんて思ってないよ。……でも、みんなはそう思ってないんだよね」
何と答えたらいいか分からなかった。確かにみんなの意見は違う。好かれて大変とまでは思わないが、怜奈が日和に好意を持っているのは誰の目から見ても明らかだ。しかし、怜奈のいないところで日和に伝えていいものではない。
どう言葉を返すべきか迷っているうちに、日和が自嘲する笑みを浮かべた。
「わたし、人の気持ちに疎いのかもしれない。……あのね、怜奈がわたしに怒っている気がするの」
「……何かしたのか?」
「ううん、何もしてないよ。……でも、何も気づけないから怒っているのかも。最初の頃だって、怜奈が頑張っているのに私は羨ましがってばかりで気づけなかった。それが辛くて怜奈はダークモンスターになっちゃったでしょ」
「ああ、そんなこともあったな」
「わたし、また知らないうちに怜奈を傷つけているのかもと思って……でも、どうしたらいいか分からなくて……、守里さん、どうしたらいいのかな」
日和は不安そうに俺を見た。怜奈はこの場にはいない。怜奈の気持ちを勝手に代弁するわけにもいかないが、このままではどんどん二人がすれ違ってしまいそうな、そんな気がする。
「日和は、怜奈のことをどう思うんだ?」
それが分からなければどうしようもない。うーん、と悩む日和の言葉を待っていると、やがて話し始めた。
「大事な友達だよ。ずっと昔から一緒にいたの。……わたしは支えられることのほうが多かったけど、それでも怜奈が困っていたら助けたいと思っているよ」
俺は困る。いつも日和から聞いている言葉だ。意志が一貫しているのは素晴らしい、けれど今はそれだけじゃだめだ。もっと別の角度から聞いたほうがいいだろうか。
「それなら、怜奈が日和から離れたらどうする?」
「……え?」
日和が目を丸くする。考えもしなかった、という顔だ。百合好きの俺としては尊い反応を目の当たりにしてもう満足である。だが、日和のためにここでやめるわけにはいかない。
「怜奈に別の大事な人ができて、そっちを怜奈が優先するようになったらどうする?」
「……」
日和が口を閉ざす。言葉にされなくても日和の気持ちは分かる。きっと嫌なのだろう。
「……嫌だ」
「え?」
「怜奈にわたしよりも大事な人ができるの……嫌だ」
――どうやら俺は分かっていなかったようだ。日和が嫌だと思うのは、友達だから、ではないのかもしれない。
「尊い……」
「え?」
「気にするな。俺の鳴き声だ」
口元を抑えて余計なことを言わないように、言葉を選んで伝える。
「今のはあくまで例だ。……だが、あり得ない話じゃない。日和、ちゃんと自分の気持ちを理解して、その上で自分の気持ちを怜奈に伝えるんだ。……きっと、怜奈なら話を聞いてくれる」
「私の気持ち……」
日和は少しの間俯いた後、決意したように俺を見上げた。
***
「本当に報われないわね、怜奈」
皿洗いをしていると、後ろから姉さんが労わるような言葉を掛けて来た。
――姉さんのことだ。本気で私を可哀そうだと思っているに違いない。その上で、無神経な言葉を掛けてくるのだ。姉さんは自分が掛けた言葉が人を傷つけていることに気付いていない。だってもし気付いているなら、背後で大上先輩が姉さんに抱きつこうとした時点でやめているはずだから。
「妹ちゃんは、李依奈様とは全く違うんだね」
姉さんに抱き着いて満足なのが声だけで分かる。
大上久美子。姉さんにモデルをしている友人がいると聞いてはいたけど、まさか彼女だと思わなかった。芸能人に疎い私でも知っている、若い女子の間で人気なモデルだ。
そんなすごい人が姉を求めるようにべたべたと引っ付く姿は、今の私には毒だ。
私は芸能人でもなんでもない大好きな友達にすら、手が伸ばせないでいるのだから。
「ねえ、怜奈。日和ちゃんに相手にされなくて鬱憤が溜まっているんでしょ。ウチ、いいこと教えてあげよっか」
「……」
姉さんの提案なんてたいていろくでもないことばかりだ。だけど、それを言葉にしたら姉さんが全て面倒事になるのは目に見えている。だから私は返事をしないことで、抵抗の意を示す。
「まったく怜奈ったら素直じゃないんだから。そんなに気になっているなら教えてあげる」
姉さんは沈黙を肯定だと都合よくとらえたらしい。背後に近づいてくると、耳元で囁いた。
「怜奈、感情を思いっきり発散できる方法があるんだ。――セーフクっていう組織があるんだけどね」
思わず振り返った。聞き捨てならない単語が聞こえて来た。
姉さんは私の行動をどこまでも都合よく捉えるらしい。私が興味を持ったのだと勘違いして、楽しそうに話し始めた。
「興味あるなら今度連れて行ってあげるよ、怜奈」
姉さんが目を細めて笑う。
――なぜ姉さんがセーフクを知っているのかは分からない。だけど、魔法少女として、このチャンスは逃すわけにはいかなかった。




