第60話 会話をしよう
ここに来る直前のこと。
「いいか、ころね。絶対に我を離すんじゃないぞ」
「うん」
「ボスは過保護だねえ」
「みんな集まったね! それじゃあ、ウチの家にしゅっぱ~つ!」
そんなわけで皆で意気揚々とデラヴィの家にやってきてしまった。
ころねにだけ聞こえるように小声で話す。
「我らの行動は軽率だったやもしれん」
「うん……。李依奈お姉ちゃん、怒られてた」
ころねがぎゅっとぬいぐるみ姿の我を抱きしめる。
李依奈には悪いが、先程の様子を見て我は腑に落ちた。我を謎に慕う様子や、何も知らなかったころねにきつく教育をする姿、全てコンプレックスを刺激された故の行動だったのだろう。
「驚かせてごめんなさいね。急に怒鳴って、びっくりしたでしょう」
デラヴィの母君が料理を持ってやってくる。先程の怒りの面影はなく、穏やかな顔つきで申し訳なさそうにした。
「ころねも、急に押しかけちゃってごめんなさい」
「いいのよ。どうせあの子が何も言わずに連れて来たんでしょう? 本当に、困ったものね」
母君は、はぁっとため息を吐く。
「昔は家族のためにいろいろしようとしてくれるいい子だったんだけどね。妹が生まれてから変わってしまって……私たちもどう接したらいいか困っているの。……ころねちゃん、ぜひ仲良くしてあげてね」
母君はころねの前にチャーハンを置いた。我らの分のご飯はないと言っていたはずだったが、急いで作ってくれたのだろう。
「ころねちゃん、ご飯が足りなかったら言ってね」
「ありがとうございます」
落ち着かない様子のころねに母君はふふっと笑みを浮かべて、またキッチンに戻っていった。
やがて扉ががらっと開く。李依奈の妹たち、そしてデラヴィとアロファが一緒になって食卓の周りを取り囲む。
我は、一人の少女に目が向いた。――もっと正確に言えば、少女に変身しているぼくの弟に自然と目が吸い込まれた。
「……!?」
向こうも気づいた様子で目を見開いた。その反応を見て我は確信する。格好や髪型は違うが、あれは紛れもなく魔法少女に変身した我が弟、半田丸助だ。
――なぜここに。頭の中を疑問符が埋め尽くす。それは、弟も同じようだった。
そしてもう一人、半田丸助に反応する者がいた。
「黄色いお姉ちゃん……!」
ころねが嬉しそうな声を出す。
「あの……ずっと、会いたかったです……!」
「えっと……君はあの時助けた……」
「ころね。ころねです。隣へ来てください」
ころねは自分の席をぽんぽんと叩く。李依奈の妹たちが不思議そうな顔をした。
「半田さん、あの子と知り合いなのかい?」
「あ、うん。前に助けたことがあってね」
「そうだったんですね。それなら、半田さんは遠慮なくあの子の隣に座ってください……!」
丸助は複雑そうな顔でころねの隣に座り、我に視線を投げかける。弟よ、言いたいことは分かるぞ。我もおそらく同じことを考えているからな。
我がうっかり弟の前で妖精の姿になってからアジトに帰ったせいで、半田丸助は我の人間の姿と妖精の姿、どちらも半田高助だと認識できる。
だが、問題はそこではない。
魔法少女に属する半田丸助と、その敵組織であるセーフクのボスとして君臨する我――半田高助が、どうしてこの場にいるのか、だ。考えられる答えは一つ。
「確か、今日は怜奈ちゃんのお姉さんの友達も泊まりに来ていたんだよね?」
「うん。ころねは李依奈お姉ちゃんとお友達なんです。黄色いお姉ちゃんは、妹の怜奈お姉ちゃんのお友達なんですよね?」
「……うん、そうだね」
弟も、我も、確信する。雨宮姉妹はそれぞれ魔法少女、セーフクに所属しているのだ。そして、そのことをお互いに知らない。それに気づいているのは、おそらくこの場で我と弟だけだろう。でなければ、出会った瞬間に戦闘開始しているはずだ。
「……ねえ、ころねちゃん」
「なんですか?」
丸助が手を差し出す。
「今夜はお互い仲良くしようね」
「うん!」
ころねは喜んで握手する。この握手に言葉以上の意味が含まれていることに、果たしてころねは気づいているだろうか。
弟とお互いに顔を見合わせる。
少なくとも今夜だけは、お互いの正体がバレないようにしよう。久しぶりに兄弟の意見は合致した。
***
夕飯は実に賑やかだった。
「雨宮さんのお姉さんが、まさかモデルの大上久美子さんとお友達だなんて、驚きました」
「君、もしかしてアタシのファンなのかな?」
「はい! 大上さんが出てる雑誌、毎月買ってます……!」
唯香の言葉に、日和が目を輝かせる。
「わ、わたしも大上さんってかっこいいなって思っていたから、八雲さんの気持ち分かるよ……!」
「え、草加部さんも大上さんのファンなの!?」
「八雲のこんなに大きな声、初めて聞いたわ……」
怜奈がドン引きする横で、大上久美子という長身の女の子はにこっと唯香と日和に微笑んだ。
「ありがとう。アタシはアタシを好きでいてくれるファンの子たちは大好きだよ。……ただ、アタシの一番は李依奈様にあげちゃったから、ごめんね?」
大上が李依奈の肩に自分の頭を乗せた。急な大上の行動に驚いた李依奈が少し顔を赤くして大上の頭を押しのけた。
「人がいるところでそういうこと言わないでください」
「あはっ、塩対応の李依奈様も大好きだよ」
――なんて妄想を掻き立てるやりとりなんだ。魔法少女たちとは違う大人っぽいやり取りに、俺の頭は沸騰しそうだ。
「な、なんか思っていたのと違うね」
「うん……もっとクールな感じかと思ってた」
「さすがね、姉さん」
怜奈の声に、大上は面白いおもちゃでも見つけたように目を細める。
「ないものねだり、か。さすが姉妹だね」
「大上先輩、ウチのこと煽ってる?」
「まさか。姉妹ともに愛らしいと思っただけだよ」
「……ホント、後で覚悟しててください」
「あはっ……、仰せのままに♪」
李依奈がため息を吐く。
「好かれるって大変だね、日和ちゃん」
「えっ! あ、えっと……わたしはそんなふうに好かれたことなんてないですよ」
――皆の食事の手が止まる。
日和の言葉はまさしく爆弾だった。おそらくこの場にいる皆、既に怜奈の気持ちに気付いている。気付いていないのは、日和だけだ。日和の言葉からもそれが読み取れる。だからこそ、残酷な言葉のように俺には聞こえた。
「あれ、もしかしてまだ気づいてないの?」
まるでこの場の空気にそぐわない明るい声で李依奈は日和に告げる。さすがの日和も空気の違和感には気づいたようで、困惑したように李依奈を見る。
「えっと、……何のことですか?」
「あー……これはさすがに妹とか関係なく怜奈に同情しちゃうな」
「姉さん、余計なこと言わないで」
怜奈の言葉に、場がしんと静まる。
「……えっと、ところで大上さんは、休みの日って何をしているんですか?」
「アタシ? 休みの日はね、――」
どこか緊張感を残したまま、大人数での食事は進んでいった。




