第59話 雨宮姉妹
琉亜と半田と「おじゃまします」と告げて怜奈の家にあがる。
俺と琉亜は、今日はどちらも中学生の女の子に変身しているし、半田は魔法少女の姿で私服を着ている。事情を知らない人たちから見れば、女の子三人組が怜奈の家に遊びに来ているように見えるはずだ。問題はないだろう。
怜奈が部屋の扉を開けると、中には既に日和、唯香、有栖が待っていた。
「待たせたな」
「ううん、大丈夫だよ。時間ぴったり!」
「うちらが少し早かっただけだから、お気になさらず……」
「そういう八雲はかなり早かったよね。あたしだって10分前には来たのに、既にいたもん。いったいいつからいたのやら」
不思議そうに顔を覗き込む有栖から唯香は逃げるように顔を逸らした。
「俺たちも、もっと早く着いたほうが良かったか」
「咲はよくやってたよ。琉亜の面倒までちゃんと見てたんだし」
「そうか? だが、後輩のサポートが時々足りてないんじゃないかって不安になるんだ」
「大丈夫だって、咲。全部一人で抱え込むなよ」
ふと視線を感じてそちらを見る。見ていたのは二人。
「ミーはユーたちの子どもじゃないんですけド」
「尊い……TS男子たちの百合の造花良すぎ……」
「八雲サンは呪文唱えてますカ?」
それぞれ正反対の反応をしている。
「ねえ琉亜ちゃん、あの二人のこといろいろ教えてくれない?」
「ちょっ、八雲サン顔が怖いですっテ!」
「八雲。琉亜の独占はずるいんじゃないか?」
「どさくさに紛れて確保しないでください!」
唯香と有栖に挟まれて、あれはあれで楽しそうだ。
「あはは、賑やかでなんだか楽しいね。守里さんも楽しい?」
「ああ、そうだな」
日和が話しかけてきたので返事をする。――何かが物足りない。違和感を覚えるが、しかしその正体が分からない。何が原因なのか探るため、俺は改めて日和の顔を見る。
「どうしたの?」
「いや、何かが足りない気がしてな」
「もしかして怜奈のこと?」
言われて気づく。部屋の中に怜奈の姿が見当たらないのだ。日和のそばにいるものだと思っていたが、そうではないらしい。同時に違和感の正体も分かる。俺が日和に話しかけたのに、鋭く牽制するような視線が飛んでこなかったからだ。
「怜奈はどこだ?」
「怜奈なら今は一階にいるよ。……用があるなら、行ってみるといいと思う」
俺は引っかかりを覚える。日和なら、「わたしが怜奈を呼んでこようか?」と聞いてきそうなものだ。今の日和の言い方だと、まるで怜奈に会いたくなさそうである。
「日和は怜奈のところに行きたくないのか?」
ぴくっと反応したのを俺は見逃さなかった。
「……いいの。わたしが行ってもきっと迷惑だと思うから」
「そんなことはないと思うが」
「わたしはここで待ってるよ。守里さんが怜奈と話したいなら、行っておいで」
日和は微笑む。しかし、どこか寂しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。
何かあったのか聞きたいところだが、この部屋には他にも人がいる。今は止めておこう。
「分かった。行ってくる」
俺は部屋を出て階段を下りた。
「李依奈、あんたはいっつもそう!」
「母さん止めてよ。他の人も来てるんだから」
階段を降りると、誰かの叫ぶ声が聞こえて来た。壁に背をつけて耳をそばだてる。
「李依奈。今日は怜奈が友達を連れて来るって分かってたでしょ? 怜奈はちゃんと連絡してくれたからいろいろ準備しているけど、貴方は何も言わなかったから何も準備してなかったのよ」
「別に、準備とかいらないし」
「そういうわけにはいかないでしょ。はあ……。どうしてこんなにダメな子になっちゃったのかしら。少しは妹の怜奈を見習いなさい」
「ちょっと、母さん……!」
「っ――! うるさい。そんなこと言わなくたっていいじゃん、クソババア!」
ドダバタと音を立てて誰かが出ていく音がする。
「姉さん!」
「アタシ、追いかけて来るよ。妹ちゃんは気にしないで」
「大上さん、すみません……」
追いかける足音が一つ後から響いた。別の足音がこちらに近づいてくる。扉から出てきたのは、――怜奈だった。
怜奈は俺に気付くと目を丸くした。
「守里。あんた、こんなところで何してるの?」
「怜奈の姿が見えなかったから、探しに来た」
「そうなの。夕飯の支度の準備を手伝っていたのよ。……さっきの話、聞いてた?」
聞いておきながら、怜奈は既に察しているようだった。だから俺も素直に白状する。
「悪い。何か言い争っているのは聞いてしまった」
「……そうでしょうね。言いふらさないなら、まあいいわ。夕飯ができたから、一緒にみんなのことを呼びに行きましょう」
頷いて怜奈の後ろをついていく。怜奈の背中は、元気がないように見えた。
「怜奈、前に俺が来た時もあんな感じだったのか?」
「そうね。あんたは私の部屋にいたから知らなかっただろうけど、いつもこんな感じよ。……驚いたでしょ」
「……怜奈は、なんだか疲れているように見える」
怜奈が驚いたようにこちらを見る。そして、疲れを隠さない様子で呆れたように笑った。
「意外と鋭いのね、守里。……確かに、疲れてるかも。いつも優等生でいようと頑張って、それが家族で喧嘩を引き起こす原因になる。何のために頑張っているか分からなくなるわ。それに、……」
そう言いかけて、怜奈は顔を背けた。
「いえ、何でもないわ」
「……怜奈、言いたくないなら無理して言わなくていい。けど、これだけ教えてくれ。……日和と何かあったのか?」
怜奈の動きがぴたっと止まる。
「何もないわ。……本当よ。これは、私の問題だから」
怜奈はそれだけ告げると、再び歩き出した。
――何かがズレ始めている。なんとなく、そんな嫌な予感がしてならなかった。
***
ウチはため息を吐く。ウチの仲間の前であんな風に怒鳴らなくたっていいじゃん。本当に勘弁してほしい。
いつもこんな調子だ。妹は持ち上げられて、ウチは怒られる。いつもその繰り返し。家にウチの居場所なんてない。
だから居場所を作ってくれたボスやみんなに、たまには恩返ししてもいいかと思って家に招いた。今日は妹の怜奈の友達が来ることは知っていたから、ついでに邪魔できると思ったのに。
「どうせ、いつも邪魔者はウチなんでしょ」
最近では、ボスもウチに冷たい。ころねへの教育のやり方がボスは気に喰わないらしい。……もしかして、ウチの居場所ってもうどこにもないのかな。
「そんなわけないだろう」
聞き慣れた声がして振り返る。――次の瞬間、温もりに包まれた。
何が起こったのかすぐに理解できない。
「アタシにとっては、李依奈様がアタシの世界の全てさ。……アタシには李依奈様しかいないっていうこと、忘れたのかい?」
大上先輩の声が頭上から振ってくる。
抱きしめられていることに気が付いたのは、大上先輩が優しく抱きしめ直してきてからだった。
「愚かなところも含めて、アタシは李依奈様に忠誠を尽くしている。ぜひ、この調子で一生アタシを振り回してくれ。――そのほうが興奮する」
「……ウチへの口説き文句がそれなら、ちょーキモいんですけど」
「構わないさ。少しは李依奈様の心を振り向かせられたかい?」
まるで離す気がないといった態度で、大上先輩は遠慮なくもっと体を密着させてくる。
「李依奈様。アタシには李依奈様しかいない。……だから、李依奈様にとっても代えがきかない存在として、アタシは李依奈様のそばにいたい」
「……」
ウチは大上先輩を少し押しのける。意外にも大上先輩はすんなりとウチのしたいようにさせた。ただ、背中に回した手はまだ離す気が無いらしい。
「……ウチは、したいようにするだけだから。ついてきたいなら、勝手にしてください」
「ああ。ぜひそうさせてもらうよ」
大上先輩はそう返事をすると再びウチを抱き寄せた。
「はあ!? 大上先輩、離してください!」
「たまにはアタシもしたいようにさせてもらうよ。いつもの刺激的なのもいいけど、たまにはこういうのもいい」
大上先輩がウチの頭に顔を埋める。
「ずっとこうしてみたかったんだ。少しくらい、いいだろう? 李依奈様だってまだ心拍数が早い。落ち着いてからでも遅くはないさ」
「……本当、キモい」
着眼点が本当にキモい。ただ、悔しいけど純粋な力の勝負では大上先輩に負けてしまうので、腕から逃れるすべはない。だから、仕方なく大上先輩の気が済むまで好きにさせることにする。
――それでもいいか、と思ってしまった自分に一番腹が立った。




