第57話 悪意の裏側にて
揺らいではダメだ。ぼくは自分に言い聞かせる。戻ったらボスの顔で皆に会わなきゃいけない。ああ、だけど――。
「――帰ってきてよ、兄ちゃん」
弟の声が耳から離れない。
「くそっ……」
弟を、家族を復讐に巻き込みたくなかったから離れたのに。よりによって敵対することになろうとは。
全てが終わったあの日。ダークモンスターや敵組織に立ち向かった仲間たちと勝利を喜んだ。これでもう、誰も傷つかずに済むと微笑み合った。
それだけだった。それ以外何もなかった。想像していたような称賛はなく、世間で気に留められていないどころか、妖精の国の奴らさえ、ただ仕事が一つ終わったかのようにあっさりと引き上げるのみだった。
拍子抜けした。あれだけ頑張って何も見返りがないなんて。信じられなくて、もやもやをうまく言葉にできなくて、けれど一人で気持ちを抱えていられなくてぼくは口を開いた。
「英太」
当時、魔法少女や魔法少年のサポート役として付いていた妖精を呼び止める。いつも真摯に対応してくれる英太は、やはり振り返ってくれた。
「どうした?」
「……お前は、妖精の国に帰るのか」
話題なんて何でもよかった。ただもやもやした気持ちを一人で抱えずに済む方法が見つかるならそれで良かった。けれど、英太の言葉を聞いて、その心持は変わった。
「ああ、帰るとも。まだやるべきことがあるから」
「……お前には、まだやることがあるのか?」
「そうだな。敵勢力は他にもいるから、そちらの対処もしないといけない」
ぼくは英太の言葉に衝撃を受けた。――所詮、ぼくらは歯車の一つにすぎなかった。そう突き付けられた気がしたから。
社会に出ればそんなものだと嫌でも知る。それは特別おかしなことでも、なんでもなかった。けれど、社会を知らない若造のぼくには、その事実は耐えられなかった。
「ぼくたちは使い捨ての駒なのか?」
考えて、動いて、息をして、ぼくは、ぼくたちは生きている。それなのに、まるで消耗品でも扱うような対応だ。
違うと、英太に言ってほしかった。
「……すまない」
英太は言ってくれなかった。
「私たちは結局、昔から何も変われていない」
英太はそう呟いた後、妖精の国のことを教えてくれた。妖精が何なのか、どうして敵が存在しているのか。
「今の敵は、元妖精の国の妖精たち……?」
「ああ。私たちの元仲間だ」
「どうして仲間同士で争う真似なんかしているのだ」
「……どうしてだろうな。ただ、考え方が違うだけなのだがね」
呟く英太は寂しそうだった。どうやら英太にはどうしようもできないことらしい。
どうして善人が苦しまねばならないのだ。どうして、関係のないぼくたちが巻き込まれなければいけないのだ。――妖精がいるから悪いんだ。
「妖精なんて、いなくなればいいんだ」
ぼくは英太に預けるつもりだった魔法のステッキを引っ込める。
「高助?」
「決めた。僕は妖精の国を壊す。そうして妖精たちをこの世から消すんだ。……そうしたら、もう余計な争いは生まれないだろう」
ぼくの問いかけに、英太は複雑そうな顔をした。
自分の手で解体したセーフクのボスの座にぼくが座ったのは、それからすぐ後のことである。
思い出して、自嘲の笑みが零れた。この復讐に大層な理由なんてない。結局は、現実を前にしてどうしようも太刀打ちできない人間が強大な力を手に入れてしまったが故に、大人に駄々をこねる子どものように、妖精の国に八つ当たりしているにすぎない。
かといって、今さらやめるつもりはない。――英太に話した時、一言も止める言葉は英太から出てこなかった。英太も、ぼくのやることに期待しているのかもしれない。だったらなおさら止められない。子どもの八つ当たりごときで崩れるような国なら、さっさと無くなってしまった方がいいのだ。
「ぼくは、……我は、セーフクのボスだ。……ここで止まれない」
自分に言い聞かせてから、妖精の姿になってアジトに戻る。
アジトの会議室に入ると、ころねが我に駆け寄って来た。後ろではアロファはにやにやと笑みを浮かべている。我が部下ながら、デラヴィ以上に何を考えているか読めない。
「ボス……聞きたいことがあるの」
「なんだ、ころね」
「黄色い女の子は、……ボスの兄弟なの?」
頭が、真っ白になった。
「なぜそう思うんだ?」
「あのね……久美子お姉ちゃんと一緒に、お外へ出てボスの後について行ったの。そしたら、人間になったボスのことを、兄ちゃんって呼んでいたでしょ。黄色い女の子が、……女の子だった男の子……? でも、どっちの姿でも呼んでいたのを見た」
――血の気が引く。丸助と話していたところを見られていたということか。ころねに知られるのはまだいい。問題は、アロファに見られたことである。
ころねには、我が本当は人間だと伝えてある。しかし、デラヴィとアロファには人間だと伝えていない。革命する相手が人間だと知ったら、きっとがっかりすると思ったから。
アロファのほうを見ると、首をすくめた。
「アタシも見たよ。仕方ないだろう? お目付け役を任されていたんだから」
「……真実をして、何を思った?」
「別に、アタシは何も変わらないよ。ノミを殺すためにベッドを焼くような相手には、妖精だろうと人間だろうと、アタシは近づかない。アタシは、アタシを喜ばせてくれる人の元につくだけさ」
つまりは最初から我につかえているわけじゃないからどうでもいい。仮にも上司の前で、アロファはそう言い切った。分かってはいたが、改めて言葉にされると腹が立つ。とはいえ、致命的な亀裂にならなかったことにはひとまず安堵した。
「デラヴィには言わないでくれよ」
「もちろんだとも。李依奈様には言わないよ。……妖精のボスが、李依奈様の本命だからね」
「ウチのいないところで何話してるの?」
思わず振り返る。たった今アジトにやってきたようで、不思議そうにこちらを見ていた。
「何? ウチの悪口でも話してた?」
「とんでもないよ、李依奈様! 称賛の声はあっても、李依奈様の悪口なんて存在するわけがない!」
「大上先輩、近寄らないでください」
はあっとデラヴィがため息を吐く。
「本当、嫌になっちゃう。ウチの妹が、今度友達を連れてウチの家でお泊り会するんだって。わざわざウチの家じゃなくてよくない?」
「友達とのお泊り会なんて、楽しそうでいいじゃないか」
「……楽しいのは妹だけ。ウチなんか、友達を連れて来るなって言われてたのに」
デラヴィが顔を伏せる。アロファがにんまりとしてデラヴィの肩に手を置いた。
「アタシなら芸能人だし、李依奈様の家に行っても許されると思うけども」
「どさくさに紛れてウチの部屋に入りたいだけでしょ」
「さすが李依奈様」
乾いたビンタの音が鳴る。デラヴィが、アロファの頬を叩いたのだ。
アロファの目がデラヴィに向く。その目には歓喜の炎がちらついている。
「アタシのことをよく分かってらっしゃる。……一生お供するよ」
「結構です」
デラヴィの言葉に、アロファはまた歓喜した。ああ、まったく、二人の世界すぎてついていけない。
デラヴィがじっと考えるようにアロファを見つめてから、やがて口を開いた。
「けど、そうね。大上先輩、泊まりに来てもいいですよ。少しでも妹の邪魔したいし」
「……本当かい?」
まさか要求が通ると思っていなかったようで、アロファは目をぱちくりとさせた。いつも余裕そうなアロファにしては珍しい表情である。その横でころねが首を傾げた。
「お泊り会って、何?」
「ん? みんなで夜集まって一緒に寝るの。ころねも来る?」
「待て。ころねはダメだ」
ころねと李依奈を一緒にさせるなど、ろくなことが起きる気がしない。
「それなら、ボスも一緒に来る?」
「……遠慮する」
女だらけのところに男が一人、混ざる勇気はない。
「え~、いいじゃん。ボスはそのままぬいぐるみのふりでもしていればバレないって」
我を人間だと知らないデラヴィが執拗に誘ってくる。しかし、ここは譲ることはできない。
「ボス、ころねも行きたい」
「ダメだ」
「ボス、そんなことを言っていいのかい? アタシところねが、秘密バラしちゃうよ?」
アロファはにこにことこちらを見つめて来る。デラヴィが我をご所望だから、アロファも強引なやり方で迫って来たのだろう。効果は抜群である。それを言われてしまっては、ぼくに断る選択肢はない。
「……分かった」
「やったあ! それじゃあ、また今度アジトにみんなで集まろう!」
皆が浮かれる様を見て、ため息を吐く。
このお泊り会は、きっとろくなことにならないだろう。そんな予感がした。




