半田の挑戦 リベンジ編
時系列的には、4章後です。
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僕は久しぶりに緊張していた。琉亜がやってきてから全く誰かを連れて来る隙なんて無かった。
今夜は、咲が敵のアジトを探すついでに琉亜を連れて街のの案内に行ったから、家に誰もいない。チャンスだ。そう思って女子大生の香凜さんを家に連れ込んだのである。
「部屋、散らかってると思うけど空いてるところに適当に座っていいから」
「ありがとう。……年の離れた妹たちがいるって聞いてたけど、今はいないの?」
「へ? ああ、うん。友達の家に泊まるみたい」
「そうなの」
女子は肩を落としてしょんぼりする。その姿に僕は違和感を覚えた。
「……えっと、妹と話したかった?」
「ええ。私、ちょっと聞いてみたいことがあったの。でもそっか、……いないんだね」
香凜さんの瞳は潤んでいる。飲み会で寂しそうにしているところに声を掛けて、寂しさを紛らわせてくれるなら、と香凜さんは家に着いて来た。
俺はてっきり香凜さんもそういうつもりだと思っていたのだけど、もしかして本当にただ話したかっただけなのか?
暗い顔をする香凜さんを見ていると、何とかしてあげたくなってくる。
「あの……話を聞くの、僕じゃだめかな?」
「……ふっ。貴方でもいいけど、きっと女の子じゃないから分からないわよ」
鼻で笑われた。香凜さんの悩みは、女の子特有のものということなのか。
「……」
咲も琉亜も女の子の姿をしてはいるけど、厳密に言えば妖精だ。呼び戻して話を聞いてもらったところで解決できるとは思えない。それに、妖精二人(二匹?)に頼むくらいなら、僕に手がないわけでもない。
「香凜さん、もしかしたら奥の部屋にまだ妹がいるかもしれないので、連れてきますね」
「あら、本当? 待ってるわね」
香凜さんは笑みを浮かべた。
さらさらとした長い黒髪に、端整な美人系の顔立ち。それに何を差し置いても、胸が大きい。そこにさっきまでの暗い顔ではなく花の咲いたような笑みが加わったら、最強に決まっているじゃないか。
顔が真っ赤になったのを隠すように、僕は足早に奥へ引っ込んだ。
香凜さんから姿が見えなくなったのを確認して、僕は部屋に置いていた黄色い魔法少女のステッキを取り出した。
鏡を見て確認する。魔法少女の服を脱いで自分のパーカーとジャージを借りる。普段の自分にはちょうどいいが、少女になった自分には少し大きくてぶかぶかだ。まあ、今の僕なら割とこれで可愛いかも。
ポニーテールになした金髪を揺らしながら、僕は香凜さんの元へ向かった。
「……あの、兄から聞きました。貴方が香凜さんですか?」
香凜さんが僕を見た途端、嬉しそうに目を輝かせた。
「君が、半田丸助の妹ちゃんなのね。とってもかわいいわ」
「ど、どうも」
見た目は少女として完璧だと分かっているが、どうしても女装をしている気分が拭えない。その上、可愛いと褒められてどうりアクションしたらいいか分からなくなる。
話をさっさと終わらせようと僕のほうから話しかける。
「あの、僕……わ、わたしに用があるって聞いたんですけど、いったいなんでしょうか?」
「そうそう。そのことね。……お話しする前に、妹ちゃんのこと抱っこしてもいい?」
「へっ!? い、いいですけど」
僕が肯定すると、香凜さんの手が伸びてきて僕を膝の上に座らせた。
普段の僕ならまずありえないことだが、今の僕は中学生女子のようなものだから許されるか。いや、さすがにアウトか?
ドキドキしながら膝の上に乗る。耳に香凜さんの息がかかる感触がして、身体が小さく震えた。
「ちょうど良かったわ。私、貴方に聞きたいことがあるの。……シール帳って好き?」
「シール帳?」
「あら、知らない? 平成リバイバルで、君くらいの女の子には流行ってると思ったんだけどな」
別の意味でドキドキする。今の流行りなら、女の子としては知らないとおかしいだろう。
「し、知ってるよ~。好きだよ、わたし。美味しいし」
「美味しい……? 甘い匂いが出るシールのことを言ってる?」
「あ、うん。たぶん。それがどうかしたの?」
深堀される前に切り返す。香凜さんはぽつぽつちしゃべり始めた。
「私も昔好きでさ、年の離れた君くらいの妹がハマっているらしいから一緒に集めたり、お互いに教え合ったりしてるの。だけどある日、私のと間違って妹のシール帳のシールを使っちゃってね。あまりにも泣かれるから新しいのを買ってあげようと思うの」
「ふーん、そうなんだ」
相談したい内容と経緯は分かった。それで、僕は何をしたらいいんだろうか。……というか、僕はこのまま香凜さんに抱っこされて大丈夫なのか? 良い匂いするし、距離が近くて緊張する。
ふと、香凜さんが僕の頭に優しく手を置いた。
「緊張してる? 大丈夫よ。何も変なことはしないから」
「っ……そ、それで、わたしにやってほしいことって何ですか?」
「そうそう。君には、好きなシールを教えてほしいの」
僕はぽかんと間の抜けた顔をしていることだろう。女子にしかできないことだと身構えていた分、拍子抜けした。
「どうして?」
「妹に、代わりになるシールを買ってあげたいんだけど、せっかくなら妹が喜ぶものを買ってあげたいじゃない? 私の妹、今は口を利いてくれないからどこで買ったとか、何が好きとか聞けなくてね。よかったら一緒に選んでほしいな」
「分かりました」
ただシールを選ぶだけでいいなら良かった。香凜さんと一緒にスマホの画面を眺めながらシールを選ぶ。
……僕はいったい何をしているのだろうか。僕の計画では、今頃香凜さんと熱い夜を過ごしていたはずなのに。女子トークで盛り上がってそんな雰囲気は微塵もない。
「これとかどうかしら? 私、こういうぷにぷにしているシール好きなの。君はどう?」
香凜さんは実に楽しそうに笑う。さっきの暗い顔はもう影もない。――僕はつられて笑みを浮かべた。元気にできたなら、まあ良しとしよう。
ふいに、香凜さんの携帯から電話が鳴った。スマホの画面には女の子っぽい名前が映っている。キラキラネームっぽくて名前が読めない。
「ちょっとごめんね」
香凜さんが電話に出る。
「和心、急にどうしたの? ……え、許してくれるの? ……そうなんだ。お母さんにもっと可愛いのを選んでもらえて良かったね。 ……私? もう少しで帰るわ。眠かったら先に寝てていいからね。……ふふっ、待っててくれるの? ありがとう。それじゃあ、少しだけ待ってて」
電話が切れる。香凜さんの返答で、だいたい何があったかは察することができた。どうやら今夜、僕は一人になるらしい。
「ごめんね。今から帰らなきゃいけなくなっちゃった。お兄さんにはよろしく伝えておいてね」
香凜さんは僕を膝から降ろすとあっという間に荷物を持って出て行ってしまった。
「……」
何ともいえない虚無感だけが胸に広がっていく。物事が無事に解決した。それ自体はとてもいいことだ。香凜さんも笑顔になったし、何も悪いことはない。ただ、今夜に期待していた分だけ僕の胸にはぽっかり穴が開いたような気分になった。




