八雲の好奇心
時系列的には、06章の後です。
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「ねえ、咲ってどんなものにでも変身できるの?」
ある日、唯香の家で百合本を読んでいると唯香に聞かれた。
「そうだな。俺は何にでも変身できるぞ」
「じゃあ、じゃあ、いつも『百合の花園』の酒井小百合のスポーティ系女子もいいけど、スピンオフの『百合で作られた薔薇の花』の最上奏多にもなれるの? うち、ああいう王子様系の女子が好きだから一度会ってみたいんだよね……!」
唯香が目をキラキラさせる。俺は通称、百合薔薇と呼ばれる漫画を読んで最上奏多の姿を確認する。
黒髪のショート。背が高い。特徴を覚えて目を瞑り、頭の中で想像してみる。うん、いけそうだ。俺は最上奏多に変身する。
「うわあ! かなたそが目の前に……! 顔面つよつよでマジ神ってる!」
唯香はぐるぐると俺の周りを回る。
「すごい……どこからどう見てもかなたそだ……!」
「最上奏多に化けてるから、そうだろうな」
「咲、試しに頭に手をあてて、『仕方ないな、子猫ちゃんたちは』って言ってくれる?」
唯香が見本を見せてくれる。俺は真似して頭に手をあて、セリフを言う。
「仕方がないな、子猫ちゃん」
「きゃ~‼」
唯香が黄色い声をあげた。多少のセリフの違いは気にならないらしい。
「妖精、マジパない! 咲、マジで最高だね‼」
スマホを向けて何枚も連続で写真を撮る。唯香の様子にふっと笑みが零れた。人間と妖精がまるで友達のようにこの場にいる。それが案外心地よかった。
ここのところ人間と妖精の在り方について考えていたせいで、この平和な空気感が余計に心に沁みた。
「喜んでもらえたなら、良かった」
ふっと笑みを浮かべる。
こうして楽しんでもらえるなら、妖精としているのも悪くない。少なくとも今の俺はそう思えた。
***
咲にいろんなポーズをとってもらって、写真を撮る。簡単にはできな衣装替えも、咲の変身術を使えば難なく楽しめた。果たして妖精的に、あるいはオタクとして許される行為なのかは分からないが、咲が何も言わないので良しとすることにした。
「はぁ……はぁ……マジでかなたそ、神。最高」
「唯香、単語でしゃべってるぞ」
「いいの。オタクは語彙力を失くす生き物なんだから。次、バニーガールの衣装を着て!」
咲は要望通り最上奏多の姿でバニーガールの衣装を着る。――最高。その言葉がふさわしい姿だった。
「マジで最高! 動悸がヤバい! かなたそ抱いて‼」
ぴたっと咲の動きが止まる。驚いたようにうちを見てから、照れたようにそっぽを向いた。
「だ、抱くっていうのは……さすがに、破廉恥じゃないか」
顔を赤くしているかなたそ可愛い。……じゃなくて、違う。
「ごめっ、うちそういうつもりじゃなくて……あの、言葉の綾というか、オタクの語彙というか……」
「でも、唯香はやってほしいのか?」
「うん。――あ、違っ、つい欲が、じゃなくて……妄想は良くしてたけど……」
咲が最上奏多の姿で近づいてくる。思わず後ずさりするが、狭い部屋では壁にすぐぶつかってしまった。
かなたその姿をした咲がうちに壁ドンをする。
「唯香」
「ひゃいっ!」
咲の手が近づいて来た。――ああ、ヤバいかも。
うちは思わず目を瞑った。次の瞬間、うちは温もりに包まれる。
「……へ?」
目を開ける。かなたそが少し顔を赤くして、うちを見下ろしていた。
「だ、抱くのってこれで合ってるか?」
咲は恥ずかしそうに聞いてくる。原作の最上奏多とは全然違う。
王子様系女子のかなたそならむしろ、こういう時こそぐいぐい押してくるのだろう。目の前にいるのは、明らかに最上奏多の姿をしただけの咲だ。
しかし、威力は半端ない。うちは思わず顔を覆う。
「咲、汚れたうちを見ないで……」
「何の話だ?」
咲がうちの顔を覗き込んでくる。急に顔面偏差値激高の顔に近づかれて心臓が止まりかけた。
「ち、近いからっ!」
思わず顔を手で押しのけた。
「ぐへっ」
咲がうちから離れる。うちはその隙に距離を取って呼吸を整えた。
「……変身の乱用には気をつけよ」
「唯香はさっきから何の話をしているんだ?」
「何でもない! うちの話だから!」
心臓がばくばく鳴る。さっきとは違って、じんわりと体が熱くなっていく感覚がした。
姿は最上奏多なのに、うちには咲にしか見えない。かなたそにドキドキしているのか、咲にドキドキしているのか分からない。
いろいろな意味で、少しの間咲の顔が見れなかった。




