第44話 試しに変身
試しに変身してみようという話になり、よく特訓に使っている街のはずれにある山の中の公園に来た。広いのに、ここにのぼるまでが大変だから誰もいないので、特訓にちょうどいいのだ。
「月詠、さっき守里にもらった魔法のステッキで変身してみなさい」
怜奈を見て有栖は頷き、魔法のステッキを掲げる。
「草加部さんに名前で呼ばれたい」
「え!?」
魔法のステッキは反応しない。代わりに日和が顔を赤くして有栖を見る。
「おかしいな。あたしの本音なんだけど」
「やかましいわよ! 月詠、そういうのはいいから本当の願いを言いなさい」
「んー。……じゃあ、怜奈ともっと仲良くなりたいな」
「はあ!?」
魔法のステッキは、まったくといって良いほど反応しない。
「月詠、嘘ついたわね!」
「えー? 嘘じゃないんだけどな」
「だって魔法のステッキが反応してないじゃない」
有栖は不思議そうに魔法のステッキを眺める。
「咲、壊れている可能性はないの?」
「ないな。魔法のステッキの動作確認は何度もした」
魔法のステッキが正常に動いているなら、先程まで有栖が口に出したことは全て一番の願い事ではないということになる。
「有栖、本当に願い事はもうないのか?」
「うーん……思いつかないよ。八雲さんの時はちゃんと反応したの?」
「ああ。唯香が『二次元に住みたい!』って言ったら、ちゃんと反応したぞ」
「……それ、本当?」
有栖は驚いた顔で魔法のステッキを見つめ直す。
「変わった願いでも、本当に思ってたらちゃんと反応するんだね」
「そういうことだな」
ふいに、日和が有栖の顔を覗き込んだ。
「つ、月詠さん! ……お願い事、本当に思いつかないの?」
「……そうだけど。草加部さん、何が言いたいの?」
いつものように有栖は笑みを浮かべている。しかし目を細めたせいか、どこか刺すような鋭さがあった。
日和は口ごもるように目を逸らした。口をきつく閉じて、次の言葉が出てくるところなんて予感をさせない様子だった。――今までの日和を見てきたから、今日もそこで終わりだと思っていた。しかし、怜奈が前に出る前に日和は顔をあげて、口を開いた。
「間違ってたらごめんね。――月詠さん、まだ本心で話してない気がしたの」
月詠の目が見開く。まさか誰かに見抜かれるなんて思っていなかった。そんな顔をしている。月詠は笑みを浮かべたまま、困ったように日和から視線を外した。
「まいったな。草加部さんにそんなことを言われるとは。どうしてそう思ったの?」
日和は困ったように俯く。
「り、理由は……特になくて…………でも、なんとなく……寂しそうだったから」
「……そっか」
「そ、それとね……」
日和は少し顔を赤くする。
「わ、私に名前で呼ばれたいって言ってたから、月詠さんのこと……あ、有栖ちゃんって呼ぼうと思うんだけど……どうかな?」
不安そうに日和は有栖を見る。それを見た反応は人それぞれだった。
まず有栖。心臓を撃ち抜かれたかのように胸を抑え、その場に膝をついた。
「今日があたしの命日かもしれないね」
「つ、月詠さん!?」
「有栖って呼んで……」
そして怜奈。驚いたようにぽかんと日和を見つめていたが、はっと我に返って日和に詰め寄る。
「ひ、日和! こんな訳分かんない奴のことなんか気にしなくていいのよ!」
「でも、魔法少女の仲間になったし……。怜奈も、月詠さんともう少し仲良くしてみたらどうかな」
「……私は別に。日和さえいればいいし」
「雨宮も、あたしと仲良くなってくれるの?」
「っ、近づいてこないで!」
怜奈が有栖を押しのけるが、有栖は気にせずにむしろにこにこと笑っている。俺はというと、この事態に脳内フィルターを掛けながら楽しんでいる。百合最高。もってやってほしい。
「いいから、月詠はさっさと変身しなさいよ! 結局変身していないじゃない」
怜奈の声に、当初の目的を思い出す。百合を眺めていてすっかり忘れていた。
「有栖。本当に一番の願い事はないのか?」
月詠は困ったように目を逸らした。
「あるにはあるよ。あたしにも、一応ね」
「何よ。分かっているならさっさと言いなさい」
「分かっているっていうか、今みんなと話してて気づいたっていうかね。……」
有栖が黙り込んで魔法のステッキを見つめた。
「咲、念じるだけじゃダメなの?」
「ダメだな。あくまで声に出さないと」
「……」
「……有栖。もしかして、恥ずかしがってるのか?」
有栖は何も言わない。ただ、耳だけを赤くした。
「ふーん?」
怜奈が楽しそうに有栖に近づいていく。
「月詠、隠さなくてもいいわよ?」
「……そんなこと言ってないよ」
「なら、さっさとお願いを言いなさいよ」
有栖は黙り込む。その様子を見て怜奈はにやにやする。明らかに分かった上でやっているのだろう。今までからかわれた仕返しをしているようにも見える。
一方で日和は有栖の様子を心配そうに見ていた。口を挟むべきか否か、測りかねている様子である。
俺としては無理に願いを言わせたいわけではないが、夢を見る力こそが魔法少女の力になる。だから、ステッキが反応しないうちは魔法少女になれない。
「有栖、一度言えば十分だ。頑張ってくれ」
「……みんな、少し離れていてくれる?」
「何よ。月詠、聞かれたくないの?」
「そんなことは言ってないよ」
「なら、いいじゃない。早く言いなさいよ」
有栖は苦笑いをした。
「雨宮、楽しそうだね」
「だってこんな機会、めったにないもの。少しくらい仕返しさせなさいよ」
怜奈がにこにこと有栖に詰め寄る。その顔は実に楽しそうだ。
この様子、ずっと眺めていられるな……。
――ふと、嫌な気配を感じた。まったく、敵は空気を呼んでくれないらしい。
「日和、怜奈。二人も魔法少女になってくれ」
二人の顔つきが変わる。慣れた二人には、これだけで伝わったらしい。
「守里さん、今……いるんだね」
「ああ。ダークモンスターが出た」
二人も頷き、魔法のステッキを手に取った。




