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僕は疲れているんだ(オリヴィエ視点)

 僕はセリーヌを抱いている。

 彼女の心の中は、子供への熱望、僕への愛憎、リュシルやアニエラへの嫉妬、子供を産めない自分や子供を与えることができない僕への怒りで満たされている。


 怪しい祈祷師に、リュシルが子供を宿さないように、自分が子供を宿せるように祈祷させていることも僕には視えている。


 終わったあとは、腕枕をしながら、彼女に、愛してるよと囁いた。

 それは、彼女が一番、僕から欲しい言葉だったからだ。


 人間は簡単な生き物なんだ。


 相手の欲しい言葉を与えて、言われたくない言葉を言わないだけで、誰からも好かれる。


 心が視えなければ、なかなかに難しい芸当だろう。

 でも、全てが見える僕には、スプーンでスープをすくうのと同じくらいに簡単なんだ。


 そして、共に朝を迎えてから、部屋に戻る。


 こうすることで、アニエラよりも自分のほうが良いんだとセリーヌは安心するからだ。


 リュシルとも同じようなものだ。


 彼女はセリーヌが子供を産めないので、周囲の圧力に負けて、二年前に受け入れた公妾だ。


 セリーヌよりも若くて、今は十六歳だ。


 彼女からはセリーヌへの恐怖や不安、子どもを産まなければというプレッシャー、アニエラへの不安や嫉妬、焦りが感じられる。


 彼女とも朝まで一緒にいた。

 セリーヌと同じ理由だ。


 宮廷内を歩けば、家臣たちの子供はまだかという心の呟き、アニエラという優れた魔法感知能力を手に入れた僕への嫉妬、アニエラの誘拐計画という思いが視える。


 あらゆる人間たちの胸中が、記憶が、洪水のように、僕の心に流れ込む。

 それが僕にとっての普通だが、とても疲れる。


 子どもができないものはできないし、アニエラを誘拐されても困るんだ。


 それでも、僕は妻や家臣たちに微笑む。


「僕は人の心が視えるけれど、今ではその力を完璧にコントロールしていて、滅多なことじゃ視ることはしないよ」


 その言葉に、セリーヌも家臣たちもリュシルも安心しきっている。

 安心しきって、僕の目の前で、胸中で僕を罵り、毒づく。


 部屋に戻ると、アニエラはベッドで丸まるようにして寝ていて、家宰のリュミエールが待っていた。


 彼は、幼少時からの召使いで、僕が力を制御できずに、常に人の心を覗いていることを知っている。彼はそれを今では受け入れて、僕のそばにいる。


「アニエラを誘拐しようと計画している輩がいるようだ。僕がいない間はこの部屋に当分の間いてほしい」

「わかりました。しかし、この娘はどれほどの距離の魔法を感知できるのでしょうね」


「この王都から、国内にある交易都市近辺まで感知できるようだ。カリシュタから帰った後、魔術師の戦闘の痕跡を探させただろ」


「はい。ようやく辛うじて見つけることができたと報告がありましたよ」


「あれは、馬車の中でアニエラが感知した戦いだ」


 アニエラ流の距離の言い方をすれば、東京の渋谷から湘南あたりで行われた戦いを感知したことになる。


 リュミエールはアニエラを驚いた表情で見た。内心はかなり驚いている。そうだろう。


 戦争につれていけば、敵がどこから魔法を使って攻撃や回復をしているのか正確に把握することができる。


 地球風の言い方をすれば、いわば、完全無欠なレーダーだ。


 僕は寝ているアニエラの顔を見て、

「戦争になんて、連れて行かないよ」

 当分は起きないだろうけれど。


 でも、彼女を喉から手が出るほど欲しがる連中は多いだろう。


 僕はリュミエールに言った。昔から言っていることだ。

「人間たちと一緒にいるだけで、僕は疲れてたまらないよ」


 脳裏に、僕が見たきららちゃんの記憶が浮かんだ。


 きららちゃんの人生は過酷そのものだった。

 学校給食がなかったら、長期休暇中にスーパーの試食や友達の家のお菓子がなければ、飢え死にしていただろう。


 でも、そんな人生でも宝石のように輝いている時間があった。


 それが、家を飛び出して、路上売春に身をやつした時代だ。

 明日のことはわからないし、危険も多いのに、彼女はいつも笑顔だった。


 まーちゃんと二人で、刃物を持った泥酔男に町を追いかけられている時ですら、彼女は笑顔だった。


 どうして、そんな危険な状況で、君はニコニコ笑っているんだい?


 そして、まーちゃん。どうして、君はいつもきららちゃんを、危険なことに巻き込んだいだい?


 刃物を持って走りながら追いかけてくる男が、追いかけていたのは君だけなんだよ。


 朝の鐘が鳴った。


「陛下。支度の時間となりました。ただいま、洗面の用意をいたします」


 リュミエールは部屋を出ていった。


 僕はベッドに腰掛けて、アニエラを見た。

 今日はトラウマの記憶に囚われていないから、迎えに行く必要がない。よかった。


 それから、わずかばかりの時間をぼんやりとした。

 ディストピアでいいから、人がいない世界で暮らしたい。


 文明が崩壊した世界で、アニエラと二人で、上を目指しながら、廃墟都市をさまよいたい。

 たとえ、目指した先に何もなくても。


「アニエラと一緒にプリンでも作ってみようか」


 僕は穏やかに寝息を立てるアニエラを見た。

 僕がいきなりプリンを作り出しても、彼女はきっと無関心だ。


 キッカケが必要だな。 

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