第54話
ニーゼルが素早く接近して短剣を突き立てる。
黒剣で弾くがその勢いを利用してもう一方の短剣を振りかざす。
こんどは回転したエネルギーの分威力があり、黒剣で受け止めたものの、衝撃が想像以上で後ろに吹き飛ばされた。
ニーゼルの短剣術は流れが読めず、不規則にブラフを混ぜながら的確に相手の急所を突いてくるスタイルで、尚且つ徒手格闘にも精通しており、こちらから攻めることが出来なかった。
短剣をフェイントに足払いやボディーブロー、そして顔面への肘鉄等、短剣ならではの小回りが利く容赦のない攻撃が僕を襲う。
短剣を警戒しているのを逆手に取られてしまい、打撃によるダメージが蓄積されていく。
「ハァ……ハァ……。」
「おい、このままじゃ押し切られるぞ!さっさと魔力を解放しろ、小僧の魔力器官はもう完治してる!」
防戦一方の僕を見かねてフレイが出てくる。
フレイの言う通り今の状態でこの危機的状況を覆すのは難しい。
こちらは打撃を受け息が乱れている中、ニーゼルからは疲れた様子が微塵も感じられなかった。
僕は一度ニーゼルと距離を取る。
打撃を受けた足や腹部からジンジンと痛みが走り、鼻からは血が流れ鉄の味が口の中に広がる。
もはや余裕はなく、真っすぐ立っているのも辛い状況だった。
自身の中にある魔力器官へと意識を集中させ、フレイとのパスを通じて別次元から魔力を限界以上に引き出す。
全身に漲る魔力はあらゆる感覚を鋭するが、負荷に耐えきれない体は、ミシミシと軋むような感覚だった。
「グッ……オォォ!!」
僕の体から魔力が溢れ、周囲の木々が風圧で揺れる。
魔力が体から漏れ、暗い森の中で一点の光となり周囲を照らす。
何かの変化に気づいたのか、ニーゼルは警戒した面持ちで問いただす。
「お前、一体何をした。」
(明らかに雰囲気が変わった……強化魔法か?)
「ニーゼル、お前をこの先へは行かせない!」
全身に漲る魔力により、劇的な身体能力の向上が実現した。
その上り幅は、通常の魔力運用や強化魔法と一線を画す程で、僕の身体能力は上級の近接職レベルにまで迫っていた。
「何っ!?」
地面を蹴り最短でニーゼルへと接近する。
急激なスピードの変化に対応しきれず、ニーゼルは反応が一瞬遅れたものの、寸での所で躱す。
しかし、完璧に躱すことは出来ず、肩の皮が裂けて血が流れていた。
その光景を目にしたニーゼルはこれまでとは打って変わり、とてつもない怒りと殺気を放っていた。
「……ッ!テメェ……もう容赦はしねぇ、確実に殺してやるよ!!」
先ほどまでのもてあそぶような動きとは打って変わって、僕の命を確実に刈り取るような動きへと変わっていた。
前進にフェイントをかけたり、ワザと目線をずらしてこちらの視線を誘導し、死角からの刺突という暗殺者らしい凶悪なコンボを繰り出してきた。
言葉で言うと、騙されることなんてないだろうと思うかもしれないが、一瞬の油断も許されない命のやり取りをしている上、高等な技術を持つ相手が使ってくると厄介だ。
フェイントだとわかっていても、対応しないとそのまま攻撃されてしまう可能性がある為、無視するわけにはいかなかった。
(クソッ……身体能力が上がっているから今のところ対応できてるけど、このままじゃジリ貧だ!どうにかして一瞬の隙を作らないと!)
ニーゼルの猛攻を必死に凌ぎながら何とか次の策を考える。
そこでフレイが困り果てている僕に助言をした。
「おい小僧!お前は今回の戦闘で一度も黒剣の形状を変化させてないはずだ、それを上手く利用すれば勝機はある!」
フレイに言われて僕はハッとする。
戦闘に必死で気づかなかったが、ニーゼルは僕の黒剣が変形することを知らない筈だ。
これを上手く利用すれば一撃を食らわせることが出来るかもしれない。
僕は一旦距離を取り、ニーゼルとの間合いを図る。
これから変形させるのは、森では使いずらい槍だ。
黒剣よりもリーチが長く、油断を誘いやすい距離を考えた際に、槍は尤も理にかなっていると言えた。
そのため僕は槍を思い切り振り抜ける様な環境にするために、敢えて踵を返して走り出す。
「逃げられると思ってんのか!」
頭に血が上っているニーゼルは、僕の挑発に引っ掛かり後を追う。
身体能力が上がったおかげで追いつかれることはなく、暫く走り続けてようやく条件に合う立地にたどり着くことが出来た。
「鬼ごっこは終わりか?それとも観念したか?」
ニーゼルの質問に僕は笑いながら返す。
「お前を倒す準備が整ったんだよ。」
「フンッ……さっきまで逃げ回ってた割には随分と言うじゃないか。」
「これで終わりだっ!!!」
僕は今ある力のすべてを賭けて、全力で踏み込む。
ニーゼルは僕の黒剣のリーチを把握している為、カウンターを狙って直前まで躱す様子はなかった。
しかし、その狙いこそが僕の勝ち筋だった。
振り上げた黒剣を一瞬の内に槍に形状変化させて、ニーゼルの油断を狙った一撃を放つ。
「グアァァ!!」
断末魔と共に、ニーゼルの胸元から血が流れる。
槍の穂先は正確に胸元を切り裂き、ニーゼルの命を奪うのに十分な攻撃だった。
手で傷口を抑えているが、血の勢いは止まらない。
「クソッ……こんなガキに負けるのか!?」
ニーゼルは膝から崩れ落ち、こちらを睨みつける。
油断していたとは言え、格上である自分が僕の様な新米冒険者に敗れた事が許せないのだろう。
勝負が決着し、これで子どもたちの安全が確保されたと思った時、ニーゼルは何故か笑みを浮かべていた。
口元が動いていたが、声が小さく上手く聞き取ることが出来なかった。
「油断しやがって……これで終わりだ。」
「おい小僧!!後ろだ!!」
フレイが声を張り上げた時にはもう遅かった。
目の前にいたはずのニーゼルがもう一人後ろから出てきたのだ。
「何……!?」
もう一人のニーゼルが持つ短剣が僕の脇腹に突き刺さる。
脇腹からジンジンと人生で感じたことのない激痛が走る。
反射でニーゼルの体を蹴飛ばし急いで距離を取り、脇腹の様子を見る。
「クソッ…油断した……。」
一体どういう事だ…ニーゼルが2人いたのか?
すぐさま後ろを振り向くと、僕が切り伏せた筈のニーゼルは煙のように跡形もなく消えてしまった。
それを見て僕はあの時槍で切ったニーゼルがスキルによる身代わりであったことに気づく。
脇腹から血が勢いよく流れ落ちていくのを見て、猛烈な危機感を抱く。
それは人生で初めて感じる死の恐怖だった。
左手で脇腹を押さえつけて何とか止血を試みるが、血の勢いは止まらない。
「ようやく決まったな……これでお前は終わりだ。まさか切り札まで使わされるとは思わなかったがな、所詮は素人、お前が何かを企んでいたのはお見通しだ、当然保険だって張るさ。俺の短剣には神経毒がたっぷりと塗ってある。すぐに全身に毒が回り身動き一つ取れなくなるだろう。」
神経毒が周りから前に倒さなければこちらがやられてしまう……。
なり振り構っていられなくなった僕は、槍から黒剣に戻し、持てる力全てを使って素早く切り掛かる。
しかし、先ほどよりもスピードが出ておらず、簡単にいなされてしまう。
「どうした!さっきよりも随分と遅いじゃないか!」
ニーゼルと打ち合えば打ち合うほど、自分のスピードが下がり、動きが鈍くなっていくのを感じる。
一体どうすればいいのか考える余裕すらもなくなってきた。
少しづつ平衡感覚が悪くなっていき、僅かだが視界が揺れているようにも感じる。
ヤツの言い回しを聞くと、神経毒が全身に回り切るまでには少し猶予があるようだった。
そして毒が体に回るのは血液が全身に巡るからだろう……もしかしたら魔力による身体強化は逆効果かもしれない。
確証はなかったが、僕は勘に従って魔力を完全に消して、通常の状態へと戻った。
その奇行にフレイとニーゼルは大きな疑問を抱いていた。
「おい小僧!!一体何を考えてる!魔力を切ったらアイツに勝てねぇぞ!?」
「追い詰められて遂にやけが回ったか?」
ニーゼルが獲物を追い詰めた獅子の様に、笑みを浮かべていた。
そして、疑問を抱いているフレイになぜ魔力を解いたのかを手短に説明する。
「僕に考えがあるんだ、—————————。」
「おいおい正気か?一歩でも間違えれば簡単にやられちまうぞ。」
どうやらフレイは僕が冷静ではないと判断したらしい。
しかし、どう考えたって今の状態で勝つにはこの方法しか思いつかなかった。
それに、おそらくこれは今の僕にとっても必要な事だ、フレイの魔力に頼りきりになってはこの先強くなんてなれない。
ここで、自分の力で乗り越えないと…!
アレクがニーゼルと戦っている間、私は子供達を連れて急いでバッカス領へ向かっていた。
(アレクが時間を稼いでる内に早く子ども達を……!!)
幼い子供を背負いながら子ども達と森の中を走る。
みんな体力もあまりないのでどうしても休みを挟む必要があった。
暫く走り、子ども達の息が上がっているのを見て休憩することにした。
周囲に簡易結界を張り、光球で明かりを点けて一息入れる。
「みんな大丈夫?ケガした子はいない?」
私の声に、何人かの子どもは手を挙げていた。
急いで向かうと、どうやら足を捻った子や道中の草木に肌を裂かれた子がいたようで、私は患部を冷やしたり、消毒した後に回復魔法をかける。
「回復、これでもう大丈夫よ。」
ケガが治った子ども達は魔法に強い興味を抱いていて、暗かった雰囲気が少し明るくなる。
もう少しで助かるという希望も相まって子ども達の目には光が戻り、皆が生きたい、帰りたいという強い意志を宿していた。
しかしそんな中、今回の依頼で探していたメイサちゃんが不安そうな顔をして私に質問してきた。
「さっきのお兄ちゃんはどこ?」
メイサちゃんはこの場に居ないアレクが何処にいるのかを少し震える声で聞く。
彼女の不安が周囲にも伝播したのか、先ほど明るかった雰囲気はみるみる暗くなっていった。
皆はアレクが自分たちの為に何かをしているというのは本能的に理解しているらしく、多かれ少なかれ罪悪感を抱いている様だった。
「大丈夫よ!アレクが悪いヤツなんかやっつけてくれるわ!実は私も彼に助けてもらったことがあったの、それも2回もよ!」
「お姉ちゃんも助けてもらったの?」
もう一人の女の子が私を見上げながら言う。
「そうよ、小さい頃に出会った時は私を慰めてくれたし、ついこの間はこわーい山賊に襲われた時に私を助けてくれたの!」
昔、ジルバの町で出会ったことや、王都への道中で山賊から助けてくれたことを思い出す。
どれも鮮明に、そして鮮烈に私の脳内に焼き付いていた。
「わぁ~~物語の王子様みたい!!」
少女の言葉に私は少し赤面しながら同意する。
「そうね、確かに王子様みたいね。そして今回はきっとあなた達の事も助けてくれるはずよ!」
私が断言するように言うと、子ども達は反応こそバラバラだったが、みんな明るくなっていた。
ある少女は格好いい王子様を、ある男の子は力強いヒーローを、姿こそ違えど皆、アレクが助けてくれると信じていた、もちろん私も。
(アレク……絶対に負けないで!)
私は月を見上げて彼の無事を祈るしかなかった。
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私のやる気が猛烈に上がります。
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次回でまたお会いしましょう!!




