第47話
私たちの元へ運ばれてきた冒険者の治療をするために、私とエリナさんはまず負傷箇所の確認を行う。
回復魔法と聞くと、万能な魔法の様に感じるかもしれないが、効率よく傷を治すためにはどのような容態なのかを確認することはとても重要なのだ。
魔法と言うのは理論はもちろん大切だが、それと同じくらいイメージが大切だと言われている。
どれだけの魔力量がある人でもその魔法を発動するビジョンが浮かばなかったら上手く発動することが出来ないのだ。
「まずは負傷箇所の浄化を急ぎましょう!」
エリナさんに言われて私は体全体に浄化の光をかけて体の汚れを落とす。
そして、エリナさんと負傷者の包帯を取って容態の確認をする。
頭に巻いてある包帯は問題なく解くことが出来、血の流れがある程度止まっていたので治療はしやすそうだった。
しかし、問題なのは腹部の深い切り傷だった。
血でベトベトな包帯をゆっくりと剝がしていくと、そこに広がっていたのは切り傷と言うよりも何かで肉が削り取られたかのような傷だった。
こんな衝撃的な光景を見たことが無い私にとって、この傷は刺激が強すぎて背筋が凍り付くような感覚に陥る。
私が上手く魔法を使えないと彼が死んでしまうかもしれない、そう頭の中で不安な自分が私の耳元で呟いているように感じる。
傷を見ていると、私の鼓動がドクンドクンと強く波打つような音が聞こえてくる。
私が硬直していると、ネリッサさんが肩を叩き私を諭す。
「アステルちゃん落ち着いて、深呼吸。」
ネリッサさんの言葉を聞き、私は深呼吸をして気持ちを整える。
「すみません、少し動揺しちゃって……。」
「気持ちは分かるわ、けど今は彼を治すことを優先するのよ。」
唾を飲み込み、杖を握り、何とか気持ちを持ち直す。
「彼は何の魔物に襲われたの?」
ネリッサさんが部屋の外にいた冒険者に聞く。
服装から弓使いと思わしき軽装の男性が説明してくれる。
彼も軽傷ではあるもののそれなりの傷を負っていたことからかなり凶暴な魔物だったのだろうと想像する。
「ブラッドグリズリーが出たんだ……。俺たちは王都郊外の魔物を間引く依頼を受けていたんだ。普段はワイルドボアやゴブリンしか出ないような簡単な依頼なはずだったのに……あんなバケモノが出るなんて思ってなかったんだ……。」
ブラッドグリズリー……Bランクの中でも群を抜いて凶暴な魔物だ。
4メートルを超える巨体に血で赤黒く染まった爪と牙が特徴でBランクのパーティーでもそう簡単に勝てる相手ではないらしい。
彼らはCランクの冒険者らしく、寸でのところで緊急用の転移魔法が刻まれているスクロールを使って王都まで戻ってきたのだという。
スクロール自体がかなり高価な代物なのに、転移魔法のスクロールともなれば金貨十枚はくだらないだろう。
「ブラッドグリズリーね……毒の恐れが無くて一先ず安心ね。それじゃあエリナ、アステルちゃん、治療を頼むわね。」
私とエリナさんは服を脱がした冒険者に向かって杖と錫杖をかざし、回復魔法を唱える。
「天の女神よ彼の者を癒したまえ……『治癒』。」
私が魔法を唱えると抉られていた箇所が少しずつ再生されていく。
しかし、治りが遅く止血するまでにもいかなかった。
私は汗をぬぐいながら全力で魔法を行使するがどれだけ出力を強めてもそれ以上治ることは無かった。
「変わりましょう。」
長い詠唱を終えたエリナさんが手で私を制し、魔法を唱える。
「『超越秘技・三重詠唱』」
聞いたことのないスキルと共にエリナさんの魔法が発動する。
「治癒×3」
私のヒールとは比較にならないほどの出力の魔法が展開され、抉られていた腹部だけでなく頭部やそのほかの傷も驚異的な速度で再生していった。
「後は造血効果のあるポーションを飲んで安静にすれば元気になりますよ。」
あれだけの魔法を行使した後なのに疲れた態度を全く見せずに他の冒険者を安心させるように話すエリナさんを見て、自分がどれだけ未熟なのかを思い知った。
学園で優秀ともてはやされていた頃には想像もできなかったことだ。
世界は広く、井の中の蛙であることを痛感した。
その後、ラフマン院長に依頼の報告をしたところ、深々と頭を下げて感謝を述べていたのが印象的だった。
その後依頼を終えた私たちは報酬を受け取る為に、ギルドへと向かっていた。
足取りは重く、傾いた日差しに照らされた影が私を笑っている。
そんな落ち込んでいる私に、エリナさんが声をかけてくれた。
「今日の依頼はどうでしたか?」
「力の無さを思い知りました。もっと上手くできると思ったんですけど……。」
私が肩を落としてため息交じりで呟くと、フフッと笑みを浮かべてエリナさんが答えた。
「最後の患者は例外ですよ、あそこまでの怪我人はそうそういません。それよりも私が伝えたいのは治した人たちがしていた表情です。」
「表情?」
エリナさんに言われて私が治した患者を振り返る。
すると皆笑顔で感謝してくれたのに気づいた。
貴族社会で見るような他人の顔色を伺う笑みではなく、心からの笑みであったことは間違いない。
今までの生活では感じることが出来ないような充実感が私の心に広がっていくのを感じた。
「確かに皆笑顔になってくれた気がします。」
「私たちが治したことで皆笑顔になってくれたのよ。あなたはきっとこれから更に成長出来るわ、今を見るんじゃなくて、これからを見据えなさい。」
エリナさんが私を前向きにしてくれたおかげで、これからどうすればいいのかが見えてきた気がする。
そして、最後の負傷者に使っていた聞き覚えのないスキルについて聞いてみることにした。
「あの時に使っていたスキルは一体なんですか?学園でも聞き覚えが無かったんですが。」
あの時感じた魔力はただの下級魔法だけで出力できるはずない。
どれだけ実力がある人でも、その魔法の効力以上の効果を出すことは不可能なはずだ。
「あれは超越秘技と言って、自分で編み出した技術がスキルへと昇華したものです。私の様な下級職ですと、上級魔法を扱うことは難しいですから、私の場合は複数の魔法の効力を重ねる技術を身に着けたのです。」
サラッと言ってのけているが、そんな技術を簡単に使えるわけがない。
私でも複数の魔法を平行して使うことが出来る人間はそこまで珍しいことではないが、同じ魔法を複数展開して効果を重ねるなんて並みの魔力コントロールじゃできないはずだ。
全ての魔法の出力を完全に一致させたうえで、限界を超えた効力を暴走させないように完璧な魔力操作をする必要がある筈だ。
学園の教授たちですらそんな芸当出来るとは思えない。
「Bランク以上の冒険者であれば身に着けている人は居ると思いますよ。あなたにもいつか、自分だけの強みを生かせるものが出来るはずです。」
エリナさんが発した言葉に、偽っている様な感じはしなかった。
きっと心の底から私がそうなるであろうと信じているのだろう。
短い時間の関わりしかないはずなのに、彼女の様な凄腕の冒険者から信頼してもらえるなんて、私は少し自信がついたような気がした。
それから私はエリナさんとネリッサさんに黎明の扉について聞いてみた。
二人にパーティーの成り立ちや、どのような冒険をしてきたのかをパーティー名の参考にするために詳しく聞いてみた。
昇級試験という事で忘れていたが、今日私とアレクはパーティー名を考える予定だったので、アレクに良い案を出せるように二人から何かいい話を聞けないかと考えたのだ。
「二人はいつから黎明の扉として活動しているんですか?」
「そうねぇ~、かれこれ十年以上になるのかしら。」
二人の年齢がどれくらいか正確に分かるわけではないが、少なくとも冒険者になってからずっとパーティーを組んでいるだろうと感じた。
「パーティー名を決めるきっかけを教えてくれませんか?」
私の質問に何か気づいたのか、ネリッサさんがニヤリと笑みを浮かべながら私の肩を掴んできた。
「何々~パーティー名で悩んでるの?」
「えっ……とぉ~。」
まだ何も話していないはずなのに、完全に見抜かれて、別に問題ないはずだがどこか気恥ずかしく感じた。
「分かるわ~私たちがパーティー名決めるときなんてすごい大変だったのよ?フェンネルの奴、ネーミングセンス悪すぎて全く役に立たなかったんだから。」
フェンネルって人は確かアレクと一緒に居た男性だった気がする。
確かにちょっと子供っぽいかも?と感じなくもない。
「私たちのパーティー名はどういう冒険をして何を成したいのか話し合った末に決まったのよ。だからアステルちゃんもアレク君とよ~く話し合いなさい。」
そう言ってネリッサさんはウインクをしてきた。
何か大きな勘違いをされているような感じがしないでもないが、気にしたら負けだと思った。
それから、二人から冒険の思い出などを聞きながら私もアレクとそんな楽しい冒険が出来るのかとワクワクしながらギルドへと向かった。
ギルドに到着して、依頼の報告と私の昇級試験の結果を聞こうとドアを開けると、そこには酔っぱらって頬を赤らめているフェンネルさんたちがジョッキに注がれたビールをグビグビと音を鳴らしながら喉に流し込んでいた。
アレクは果実酒を飲んだのか少し赤らめているが、そこまで寄っている感じはしなかった。
「あんたたち……。」
気づけば二人がフェンネルさんたちがいるテーブルの後ろにいて、鬼の形相で仁王立ちしていた。
「何昼間っから酔っぱらってんのよ!!」
ネリッサさんの鉄槌が男性陣を襲う。
魔法職とは思えない力の入った拳は、フェンネルさんたち三人の頭に大きなたんこぶを生じさせていた。
そして、巻き込まれたアレク君はテーブルに突っ伏して一言言い残した。
「なんで僕まで……。」
そう言って彼はガクッと頭を机にぶつけて倒れてしまった。
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