火星へ。
誤字修正1件、報告アザマス!
「ともかくアリスは自身を凍結させたが、同時にAI開発を俺にぶん投げやがった。人生全部に絶望して諦めかけてた俺にとっちゃいい迷惑だった」
「アンタがタマヨリたちをクソ大事にしている理由がわかってよかったよ。ついでに俺がタマヨリを造り者だって思えなかった理由もわかった」
「俺はお前が宗教的じゃなかったことに感謝してるよ」
地球における敬虔な宗教の信徒ってやつはおおむね繊細過ぎる精神性を持っているらしい。
少しばかり自分の知っている常識から外れたことを見聞きするだけで人生全てが否定されたみたいな顔をするのが気に入らない、とはダニエルの言葉だ。
結局のところダニエル・アンダーソンにとって、彼のAIは文字通り、ダニエルとアリスの子供たちなのだ。
娘を見知らぬおっさんに渡さなきゃならないってのは父親にとって相応の苦痛と言えるだろう……が。
「別に嫁に取ったわけじゃないんだし」
「娘は渡さん!」
「おい!」
定番ジョークって奴だろ?と笑うダニエルと、不本意ながらもまたもやツッコミを入れてしまった俺の情けない顔の対比は教科書通りってところだろう。
『で、現行世代の"長女役"がアタシ、シルビア・アリス・ケリーってわけ』
「起きてたのか」
『そらそうよ』
シルビアから始まり、その相棒サンフラワーにタマヨリが属する世代は、基本的にアンドロイド体にフルダイブして外で活動できる仕様も兼ね備えている。
しかし、シルビア以外にAIが肉体(作り者だが)を得て活動している例はない。
これは基本的にパイロットの相棒として彼女らが貸し与えられるわけだからであり、まがい物の肉体を得ることの利点がないからである。
「シルビアに肉体を与えた理由のうちの一つは、俺の我儘。もう一つは、マジで急がないと太陽系の資源枯渇までに間に合わねえという危惧から」
「確かにコイツの超性能を思えば……否ダメだ、コイツに勝てないなんて事実は認めたくないね。未だ勝ってないけど!」
『でも負けたじゃん、アタシ』
「アレは勝ったとは言わねえ!」
『ふつう逆じゃない?立場』
「帰って来い緊張感……そうだ、ここだ!」
今度はダニエル・アンダーソンが情けない顔してツッコミ役に回る、ざまあみろってんだ。
ともかく、太陽系近郊の大勢力が手を付けていない恒星の影響下にないクソみたいなブランク宙域で資源惑星を見つけるっていうのは、地球が切望している仕事のうちの一つだった。
それは当然、真昼間の砂漠の砂の中から1滴の水滴を探すような、聳え立つクソすらへし折れるような作業であり、てめえが稼ぎたいからディスカバリーのパイロットになって宇宙を飛んでいるような普通のパイロットには耐えられない仕事でもあった。
そこでダニエル・アンダーソンやマイケル・メイソン・マイヤーズが目を付けたのが、超高性能な肉体であるアンドロイド体にフルダイブすることで爆誕した超高性能人類(?)であるシルビア・アリス・ケリーである。
フリーダムの権化みたいな正確に育ってくれちゃったが、人類の敵役になることに興味がない彼女以上に、このクソオヴクソな仕事を任せられる適任なんて"地球上には"存在するはずがなかった。
もちろん金とそこにある資源の大半を差し出して系外勢力に依頼すればあっという間に見つけてくれるんだけど、それをするわけにはいかなかったのだ。
『いやマジでクッソつまらなかったんだからね。ろくに光も届かない場所だからマジで何もないように見えるけど実際に直線0.1光秒以内の"ソコ"に星があるから、そこの組成調べて必要な資源があるかどうか教えろとかそういう仕事よ?』
「お前は一発、ダニエル・アンダーソンを殴る権利があるが、それをすると死ぬから、代わりに2発だけ3Mを殴っていいぞ。奴なら多分死なん」
『ラジャー!』
「いややめてやってくれ、マイヤーズだって泣くぞそんな扱い」
「まーそういうわけなんだ。別に全部が全部ディスカバリー・パイロットたちに秘匿するようなネタじゃあない。だが娘たちを与える人物は俺に選択権があるし、地球にその情報を広められるわけにはいかねえって事情自体は存在する」
「大規模ネタ掲示板に持っていったらたいそう盛り上がりそうなネタではあるな」
「あとシルビアの事も守りたいしな」
「ああ。こいつをぶち殺すのは俺の仕事であって、噂やAIだからって理由で勝手に倒れるのは不本意だ」
「お前が本当にここまでの話を理解してくれたのか、俺の心配事が尽きないんだが?」
今もまだ国籍別というか、言語別のそういう掲示板自体はある。
この時代になっても、文字だけ(あるいは外部に設置した画像や映像)でネタを語り合うというローテクな通信文化は残っている。
AR機能を使った言語や国籍関係なしの超大規模掲示板とかもある……確かLogitってサイトだったか、まあ蛇足だな。
「ある程度は理解したよ、わからんものは気にしないのが俺の流儀だし。シルビアはまだ無事でクッソ元気に生きてるからリベンジの機会も失われていない。それがわかりゃ十分だべ」
「えぇ……」
『えぇ……』
父娘の返事がハモったところで、通信終了。
休みを挟みつつ会話してきたことで、帰還への旅程も大半を消化している。
メインベルトをとうに超え内太陽系へと突入した俺たちのフリートは、火星直行ルートへと進路を変えて、グラヴィティ・アクセラレータも既に起動させているからだ。
メインベルトから太陽までの惑星順を、軌道円で表すならば、火星、地球、金星、水星そして太陽ということになる。
つまり、もうすぐそこなのだ――軌道はあくまで円であるため、いつもメインベルトを抜けたらすぐに火星ってわけではないのだが。
「あ~、精神的に疲れたな。肉体面はマジで疲れ自体が存在しないアンドロイド体だからいいんだが」
「そうねえ、パスタと納豆が恋しいわ。帰ったら納豆パスタでも作ろうかしら……」
「イタリア半島の欲張りセットか」
「普通のイタリア人は納豆を恋しがらないと思うんだが?」
俺の言葉に返したのはガラッティ、そこに反応したのがハーヴェイで、最後のツッコミはラーヒズヤである。
「最後まで気を抜くなよ。研修最後のランディングで事故って死にましたとかマジで笑えねえが、過去に結構あった事故だからな」
ハーヴェイが真面目なフリート・コマンダー面でフリート通信しているのを見ると、なんだかんだコマンダーとして向いてる奴がコマンダー役やってんだなというのが実感できる。
少なくとも、このフリートで真面目にコマンダーできる奴なんてハーヴェイしか存在しない。
「ヘイヘイ、つーか。ランディングくらいAIBOたるAIに任せりゃいいじゃん」
「度胸試しだか腕試しっつって、マニュアルランディングしようとする馬鹿が絶えないんだとよ。ただでさえ気の抜けるタイミングに、気の抜けまくる度胸試しなんてしたら事故も増えるさ」
「「「えぇ……」」」
アンダーソンのセリフではないが、人間に備わっている機能には怠惰って奴がある。
怠惰がいい方に出るか悪い方に出るかはその時次第なところはあるが、AIに任せて怠惰に見守るべき仕事を、遊び半分で取り上げて自分でやろうとするのは悪い怠惰の出方なのだ。
確かに、本人の思った以上に怠惰が顔を表に出してしまっていたならば、そういう悪い面が強調されることもあるかもしれない。
「あいにく日本の社畜系おっさんってのは面倒な仕事は全部他人に押し付けちゃう生き物なんだ。俺にはタマヨリがいるんだから、そういうのは相棒に任せるさ」
「ああ、それでいい」
「私も自力ランディングしてる暇あったら早くおいしい食事とりたいし、濃いエスプレッソも飲みたいからAIに任せるわ」
「筋トレしたい」
「ああ……うん。もうそれでいいんじゃないかな?」
ハーヴェイの気苦労は、今も絶えない。




