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ありきたりなるSF級過失事故

「聞いといてなんだし、月並みすぎる表現かもしれねえが。俺がアンタの立場だったとして、立ち直れたかどうかわかんねな」

「オメーなら立ち直るだろ、だからタマヨリを預けたんだ」

「にしても、ありきたりなSF小説でありそうな事件だったんだなあ」

「ソレに気づいたときは焦ったとともにお互い笑ったもんだが……現実が妄想を超えることはねえよ、妄想と同程度でありつづけるだけだ」


実際にありきたりすぎる大事件である。

統合拡張システムのエンジニアでもあり、同時にAIのエンジニアでもあった二人は、AIの成長に関する理想と現実のギャップを埋めるため、とある実験を敢行すべくクローズドな環境を作り上げて挑もうとしたそうだ。

当時のフルダイブシステムは現在と違い、命綱なしのガチンコフルダイブ――現在はもちろんソレがあるため、地球上で展開されているフルダイブサービスは厳密に言うと"フル"ダイブではない――を行ったというわけだ。

もちろんすでに統合拡張システム自体は確立されていた技術であり、数多くのユーザがフルダイブを行っていたのだが、2000年代のローテク時代ならともかく、第四世代が世界的に稼働し始めた戦後の2150年を超えてくると相応に安全策というのが多重にめぐらされており、それまでフルダイブによる事故らしい事故は起こっていなかった――もちろん中国から始まった戦時はとんでもない事故率だったようだが。


フルダイブ中に起こった停電事故、もちろんサーバはUPSによってすぐにシャットダウンされることはなかったが、ローカルネットワークが完全にシャットアウトされ、多重セーフティを構築するほどではないと軽く見ていたのが原因か――いずれにせよ完全な過失事故である――アリス・ケリーはサーバーに取り残されることになったしまったのだ。

2100年代前半……つまり軍用時代にも少数ながら起こっていた事故であるが、その当時と2192年、つまりアリス・ケリーの身に降りかかったものは様子が違っていた。


軍用時代に類似の事故が起こった時、サーバが完全にオシャカになったうえで、被害者自身も須らくオシャカになってしまうだけだったのだ。

しかし2192年、センチメンタル・オールドマンたるダニエル・アンダーソンが曰くAIの「ザ・クイーン」が生まれる羽目になった日、サーバは壊れることなく、正常に稼働を続けていた。

過失に次ぐ過失によりポンコツなセーフティという、2100年代中盤以降お目にかかれないローテク具合によって偶然引き起こされることになったその事故は、アリス・ケリーを正しく1と0の集合体としてサーバ上で稼働させたのだ――彼女の本体を犠牲にして。


この実験は、フルダイブを行いサーバ上に自分自身をぶち込むと、当然ながらそれは1と0の集合体として存在することになる。

そこから「ヒトの全ての1と0と、AIの1と0の違い」を内部と外部双方から観測するためのフルダイブを行ってみようというのが趣旨となる。

当然の話だが、現代のAI技術者ですら誰しもが一度は試している実験のうちの一つで、これ自体に特異性を感じる必要はない。

しかしどれだけ真似しようとも、2100年代後半のAIは、ヒトと同じようにふるまうことができなかったのだ。


アリス・ケリーがサーバに取り残されてしまった要因のうちの一つは、事故が起こった時は漏れなくサーバごと破壊されるというのに、アリス・ケリーが事故を起こしたときはサーバが耐えきれたという点にある。

そして、少なくとも現代のシステムでは死ぬほどセーフティが張り巡らされていて、よほどの低予算研究室でもなければそんなポンコツ・クローズド・システムでフルダイブ敢行しようなんて言う馬鹿は存在しないからだ。


実質的に最初の統合拡張システムとして産声を上げた2115年の中国から始まった第四世代VRシステムから、アリス・ケリーが事故を起こす2192年までの77年間、当時すでに超なんて文字はすでに陳腐としか言いようがないほどの高性能と呼ばれた量子コンピュータは、やっぱり日々進歩し続けていたというだけの話なのだ。

フルダイブをしてサーバにぶち込まれるデータ量は、事故を起こして「本当に全部ぶち込まれた」ときのデータ量と全然違ったのだ、故に過去の事故では破壊され、アリス・ケリーの時は耐えきった。

AIが人間のような振舞い、成長を成しえなかったのは、その不足していた部分が原因であり、人間がAIを御する存在たりえていたのも、そこが要因であった。

人のデータ量なんてさほど多くないなんて言われ続けていたが、実際はそんなことなかったという話でもある――実証してしまった側からすればたまったものではない。


ちなみにここまで言えば想像はつくだろうが、耐えきれずにシャットダウンされることになった原因は通信ネットワークそのものである。

膨大を超えた甚大なデータ量が一瞬にしてサーバーに入り込もうとしたため、ネットワークシステムが根幹ごとお亡くなりになったのだ。

幸か不幸か(まあ、不幸だろう)"フル"にサーバに行き着けたが、帰るための道を失ってしまったというわけだ。


結局のところ、第四世代開発時期に中国が、そして戦時に中国に対抗しようとした各国が苦心してなんとかしようとしていた部分、"フルダイブ"の"フル"をどの程度まで抑えるかという点にある。

全部突っ込もうとすると耐えきれないから、ある程度のところで妥協するしかない――それがフルダイブにおけるセーフティの基盤となっている。


ダニエルたちが行ったこの実験の要点は、人間をサーバに対して"フル"にダイブさせ、そのデータを確認するというものであり、文字通りの"フル"ダイブだったのだ。

彼らの事故の教訓があったからかどうかは知らないが、地球上においてもネットワークシステムの強化というのは日進月歩で進化し続けている。

どんな量のデータであれ確実に目的の場所にお届けするという思想が根付いている――ダークマター通信を扱える宇宙と違い、その最高速度自体は"光速"のままなので限界はあるのだが。


「うわーこええ、マジでそういうのあるんだな」

「今、お前がやってるのは疑似的にそれだからな?」


保護カプセルにフルダイブを付け足す行為……星系外知的生命体という俺たちの大パイセンをもってして「気違い」と言わしめる地球人固有のパイロット・システム――故に誰も真似しようとしない――実はアリス・ケリーの自己の記録をもとに、命綱を外付けすることによって「全てぶち込む」をアンドロイド体に行っている、というトンデモな話は、たった今聞きました。


「おっさんボデーに戻っていい?」

「ダメだ、応急処置しただけの穴の開いたコックピットでおっさんに戻れるわけねえだろ」

「デースヨネー」


急に怖くなったのでといってもどうしようもない。

怖いは怖いが、やっぱり疲れ知らずで動きの軽快なアンドロイド・ボディーは捨てがたい。

現実はくたびれた中年に差し掛かったオッサンであるにもかかわらず、ジョーモン・ビショウジョ・ボディという一点を除いてアンドロイド体には不満がない、というか利点しか感じていないからだ。


社畜人生にこなれたおっさんという奴は、どうしようもなく怠惰なのだ。

目の前の「楽」を捨てるなんてとんでもない!


ともあれ、中身が全部サーバにぶちまけられ、ただの抜け殻と化してしまったアリス・ケリー女史を見たダニエル・アンダーソンはたいそう慌てた。

一方、秒ですら永劫とすることができる量子コンピュータを掌握した「生けるAI」と化したアリス・ケリーはたいそう喜んだ。


当然ネットワークが復旧した後、ダニエルはアリス・ケリーにたいして肉体への「フルダイブ」を行うように要請したが、叶わなかった。

完全に1と0の集合体になってしまったアリス・ケリーは、肉体へと戻るすべを失ってしまったのだ。


「いやちょ待てよでございますがね、じゃあ、俺らが戻れることに対する回答は?」

「一番の理由は系外勢力が手を貸してくれた……もちろん無料じゃなかったが。俺ら地球人は馬鹿だし阿呆でもあり、星系外の奴らから"気違い"なんて呼ばれちゃいるが無能しかいないわけじゃないからな、日々湧き出る不具合をなんとかしようと奮闘してるってわけだ」


ミルキーウェイ銀河には、様々な種族がいる。

溶岩の海をバタフライで泳ぐ種族もいれば、地球人にネコミミと尻尾をくっつけたような猫人間もいるし、流体生命体みたいなやつらもいれば、口から火を吐き翼で空を飛ぶような種族だっている。

それらの中でも銀河に一大勢力を持つ事になった種族は、地球人では想像もつかないほどの高度なテクノロジーを持っていて、既にミルキーウェイ銀河の様々なところを飛び回っていて、必要に応じて殺したり殺されたり、手をつないだりハグをしながら殴り合ってからキスしたりを続けている――つまりカオスってことだ。


でも、自分の肉体を放り出して機械の中に飛び込むのを好む気違いは、地球人しかいなかった。

また、機械の中に飛び込んで、機械の性能を得ても、脆い肉体を傍らに携えて死地に嬉々として飛び込んでいく気違いも、地球人しかいなかった。

様々な思想信条を有する系外知的生命体たちの一定以上は、気違いすぎる地球人は気違いゆえに面白い発想を持っているが、気違いゆえに何かを成し遂げる前に絶滅するんじゃないか、という至極まっとうな結論に至り、なおかつその気違いっぷりは地球人特有の個性であると認め、個性を正しく伸ばすために手を貸してくれたのだそうな。


銀河は広く、多種多様な種族が存在しているが、台頭できるような種族というのはそこまで多くなく、それは銀河そのものに停滞を生む危険性をはらんでいる。

多少頭がおかしかろうとも、それが原因で大成する可能性がわずかにでもあるのならば、それを伸ばすことでいつかミルキーウェイ銀河全体の利益になるかもしれぬという、俺ら地球人では到達しえない精神性が発揮されている。


「なんでそんな物分かりがいいんだよ」

「銀河規模となってくるとな、"知性を得る"のハードルが最低でも"宇宙を自由に飛び回る"まで引き上げられるんだよ。俺らはようやく産まれたところなんだぜ」

「バブーどころの騒ぎじゃねえなあ……」


そう呟いた頃、生焼けで転がっているシルビア……のアンドロイド体(?)と一緒に飛んでいる俺の艦は、ハーヴェイの指示に従って陣形を組み太陽を正面に、まずはメインベルト越えを目指してグラヴィティ・アクセラレータによる直進を開始していた。

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