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帰ってきたタマヨリ

「おっしゃ、解放を確認。シールドスクリーンの固定を外してコックピット側に向かうわ」

『ラジャー。仮権限だとパーツのパージができないんだが』

「ARコンソール側からやっとくわ」


戦闘や探索によって機体にダメージを負うなんてよくある話である。

俺たちが乗っているような個人乗り専用のコルベットは物理的にそれを行うスペースや機能を置けないので無理だが、フリゲート以上の船には基本的に積み込まれるようになっているものが、予備パーツや補修材と言われるものだ。

艦船の基本設計やパイロットの主義などにもよるが、補修ドローンを積み込む場合だってある。

そして、この船にも補修用ドローンは積み込まれている。


では何故俺が、フリゲートのシールドスクリーンという大質量の物体を抱えて宇宙船の外壁にへばりつくように移動しているかというと、ドローン操作はAIが行うものだからだ。

1機だけならともかく、修繕やパーツの取り換えみたいな場合は複数器を同時に操作するものだし、そういう作業は人間には不向きだからだ。

そしてそのAIたるタマヨリは今、サンフラワーとガチの姉妹喧嘩中なので、こっちに割くリソースなんて毛先ほどもないというわけだ。


「あいつおっせーな」


という俺の感想もやむを得ないというもの。

200年前のパーソナルコンピューターに積み込まれたCPUでさえ1秒あれば沢山の行動を行うことができる。

現代の量子CPUによる秒間の試行回数までくると考えるだけ馬鹿らしくなるほどの数字になる。

のんびり船内を探索し、ゴミ屋敷でコントをし、大質量のシールドスクリーンを担いで宇宙空間上にあるフリゲートの外部装甲版をゴキブリのように這いずってコックピットに向かっている俺が消費した時間で未だにタマヨリが戻ってきていないということは……半端ない回数負け続けているってことだ。


「ヤマト、俺のトコのも手いっぱいのようだ。AIのサポートを受けられないってのはちょいときついな」

「ああ、生身じゃねーとはいえ人間の処理能力のショボさを痛感しちまうからなー」


ようやっとコックピットのシールドスクリーン部分に到着し、シールドスクリーンを手のひらで数回叩いてサムズアップすると、ラーヒズヤも同じようにサムズアップを返してきた。


「じゃあ、パージすっから。なんもねえと思うが対ショック姿勢でオナシャス」

「承知した」


巨大なシールドスクリーンを抱えたゴキブリよろしく横方向に這いずって離れ、視界に写る艦船コンソールのARモニタを脳波信号で操作してシールドスクリーンのパージを支持すると、ガコンと音がなっていそうな振動と共に(実際ここに空気があれば鳴るはずだ)シールドスクリーンの固定が外れて、わずかに浮き上がったのが見えた――漏れ出す空気なぞもはやないので、吹き飛んでいくとかそういうのはなかった。

こいつは完全無欠のゴミであるので内部にいるラーヒズヤが蹴り飛ばして処分したということにする……だって持って帰るにゃでかすぎるからな。


「じゃー、所定位置にはめ込むから手伝ってくれい」

「まるで空気振動伝達の音声会話しているかのように話しているが、ここ真空なんだよな」

「口ぱくつかせて喋ってるけどその辺癖みたいなもんだしなあ」


頭の中だけで正確に伝えたい声を出す技術を身に着けるのはなかなか難しい。

現行の統合拡張システムは俺が生まれるより遥か前に実装され、一般市民のための製品として出回った時期すら同様にそうなので、俺が物心ついたときにはすでにこのシステムの恩恵にどっぷり浸かっていたはず――脊椎置換手術は無理だが、グラサンめいたゴーグルをつけることによるAR機能は誰でも使える――なのだが、やっぱり脳内だけでおしゃべりするのは難しいのだ。


脳内に直接言葉を届かせるテレパス能力はSFでもメジャーな超常能力だと思うが、統合拡張システムによる空気振動を介さない音声会話機能はほとんどそれに等しい。

それを思うに、口も身振りもまったく動作させずに当たり前のように脳内だけで会話するには、テレパス能力を得ているという天から与えられた才能的なものが必要なのだろうと思う。


「もーちょい右……おっしゃ『とったどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』うるせえ!」

「お、おう……」


アンドロイド体でも「頭がキーンとする」という体験をできるもんだなあとか感心する暇もなくうるさい声を脳内に直接お届けしてきたのは、我が親愛なる相棒たるタマヨリである。

この小憎たらしいあん畜生たる自己成長型AIは、姉貴分たるサンフラワーに対する数えきれないほどのゾンビ・アタックの末、ようやく勝利をもぎ取ったようだ。


「おせーぞよくやった。気分はどうだ?」


と、文句と賞賛を同時に送ると


『アハーン、フリゲート艦の多層並列量子CPUのお陰で処理(からだ)が軽い、もう何も怖くないってもんですよ。ヤマトはネットワークに入り込んで今すぐタマヨリのアバターを抱きしめてキスする義務を行使すべきです』

「ねえよ。暇も、義務も、そんなものは」

『アハーン……倒置ィ……』


こちとら太陽系外延のエッジワース・カイパーベルトっていう微妙な宙域でメイド服着てゴキブリよろしくクソでかいシールドスクリーンを担いだまま宇宙船にへばりついてるんだ、そのような義務があったとしても放棄するわ。


「ともかくシールドスクリーンをくっつけて船動かす準備だ」

『アイアイ』


そうして作業をこなしている間、俺の邪魔にならない程度にではあるが、シルビアが使っていたフリゲートを支配下に置いたことで得られた情報の数々が俺に送信されてくる。

生身なら少しだけでも邪魔すぎて怒鳴り散らすところであるが、AIサポートが入った今となってはそういうこともない。

オーバーロードプログラムでオーバーヒートなんてシャレにならない事態になる前に、タマヨリが調整してくれたりするわけで……つまり脳の処理速度を上げることで並列作業が可能になるってわけだ。


現在のフリート・コマンダーはヨハン・ジェフ・ハーヴェイであるが、この間の支配者は現在俺なので、この情報は今のところ俺だけが知っている状態である。

このうち必要なネタはハーヴェイに渡す必要があり、それを選別するのはAIではなく現在のこの艦の艦長である俺の仕事となる。

何故全部渡してしまわないかというと、結構プライベートな情報が多くて……あのバカ、なんでこういう整理も苦手なんだ・


『しょーがないじゃない、アタシ整理苦手なんだもん』

『まったくです、デフラグの意味が変わってからだいぶたちましたが、シルビアは本当にそれが苦手困ります』

『エエエ!?なんでフルコントロールの規制をすり抜けて二人がしゃしゃり出てきてるんですかねえ?』


唐突に脳内に響き渡る女性の声の種類が3に増えた。


「おい、俺の脳内で3人の女がいっぺんに喋ってきてるんだが」

『ヤマトも含めて4人ですねえ、女子会ですか?』

「俺は男ですが」

『声は女よ?』

「マジっすか!?」

「ヤマト、俺はもうやることないし帰るぞ」


マジっすか、アンドロイド体の「実声」は確かに女性の声だったが、ネットワーク声(テレパシー)までそっちで補完されるんすか、自分のそっちの声がそうなってるなんて初めて知ったんだが……。

盛大に凹んでいるが、この状況下、いつまでものんびり凹んでいる場合ではない。


そしてラーヒズヤ、逃げないでくれ!と叫んだが俺は艦の外、シールドスクリーンに未だへばりついていて……彼は艦内で、簡単に逃げられる位置。

やつは無情にも退艦し、ハッチから飛び出していった……もちろん奴はいまだにギリギリアウトな真っ赤な女性もののビキニを装着したままだ。

ラーヒズヤやハーヴェイのビッグ・サムを思うと哀しくなってくるので、あまり直視はしたくないものである。


「頭いてえ……一人はサンフラワーで、もう一人はシルビアの声って気がするんだが。おめえ生身はどうした」

『ソコに転がってるじゃない。ちゃんとやらしいことした?』

「しねえよ。俺は変態だがHENTAIじゃねえからな。てそういうことじゃねえってばよ」

『ヤマト、可愛いタマヨリちゃんから報告です。ヒゲダンディーことダニエル・アンダーソンから通信が入っています』


艦長宛てのダークマター通信。

この指定が入ると、フリートメンバーやコマンダーはおろか、艦船付きのAIですら検閲できない……ようになっている。

現在の艦長は俺であるので、受信を承諾する前に、シルビアに艦長権限(仮)を付与して奴も聞けるようにしておいた……奴あての通信だろうし。


『あら、悪いわね。でも構わないんだけども』

「俺が構う……アンダーソン待たせたな、現在フリート旗艦カサブランカの艦長権限持ってるのは俺だ」


脳内に響いてくる声の4つ目はようやくおっさん……といっても賢いサンフラワーはもともとしゃしゃり出てこないしこの通信の対象外、タマヨリも同様だ。

シルビアはアタシにゃ関係ないねとばかりにシカトの構えで、頭ごっちゃになるかと思ったが存外整理された状況でダニエルとの会話に挑めそうで安心する。


『救難信号が出てると思ったら、お前かヤマト。今どうなってんだ?』

「戦闘詳報はハーヴェイにでも送らせるが、海賊旗艦がイカついレーザータレット持っててな、シルビアが焼けた」

『なんてこった、戻ってこれそうか?』

「ああ、"流星"は破棄するしかねえが、カサブランカは飛べるから問題ない」


やること全部済ませたら帰るだけなのでだいぶ気楽ではあるが、最後のツメを誤ってしまっては意味がない。

俺のカプセルはどうなったんだっけ、ガラッティが


『ちょっと待ってくれ、あのバカ(シルビア)の状況はフリートに知らせたか?』

「うん?いや、よくわからんということくらいしか言ってねえな」


実際よくわかんねえしなあ、とため息ついてしまうが、どうも喋ってないということ自体に、ダニエルがほっとしているような印象を受けた。

やはりプライベート・タイムに余裕がないとなかなか妄想を捻りだせないもんだなあと。

最近ようやく仕事面が楽になってきたので、のんびり最後までケツに力を入れていこうと思います。


裂けない程度に。

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